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良い講師

良い講師の条件とはなんなのでしょうか・・・?


最近塾で仕事をしている人とそのようなことを話す機会があったのですが、
僕はその人から咄嗟に聞かれた「良い講師」の条件という問いに
「子供の学力を素早く客観的に(受験生全体において)正確に把握し今その子にとって最も必要な学習範囲を指示でき、方針を的確に立てられる事でしょうか。」

と、答えてしまいました。
そしたら「でもそれは最初の話だけでじゃないですか?その後はどうなんですかね、それはその後も必要なことですか?」と言われてその意見には多少違和感を感じつつも、確かにほかにも「良い講師の条件」はたくさんあるなと思いました。

というか、一言では言えないし時間があればゆっくり話すこともできたのでしょうが
そういう場でもなかったのでその話題は早々に切り上げられた形になりました。

後から考えてみても、「それもそうなんだけどそれだけじゃないよな、当然・・・もっと大事なものがあるはずなのに・・・・」それをうまく伝えられなかったことに後悔しました。


もちろん、塾の講師と家庭教師では「良い」と言われる条件は随分と違うと思います。

塾の教室というのは講師にとってみればホームでありイニシアチブをとり、リーダーシップを発揮し、また生徒を引き付けるパフォーマンス能力のようなものが必要だと思います。

ただし家庭教師というのはこちらの用意したカリキュラムを進めていくというよりは大半は子供の状況に応じて最適な方法を探し出し1時間30分なり2時間の間に正しい方向に導いていく、というような作業が重要だと考えています。

ざっくり分けてしまえば能動的か受動的か。

また子供の状況は刻一刻と変化するので家庭教師ではなかなか細かい部分まで計画を立てても意味がないこと(計画変更になる)がほとんどです。状況に応じて変化させていかなければいけないし、もし家庭側が「そのやり方はちょっと・・・」と言うことがあれば別の納得する方針を考えることもあります。

それはあらかじめカリキュラムがきまっている塾とは違います。
これはどちらがいいか悪いかの問題ではないですね。

勉強には必ず軸が必要なので塾のカリキュラムのような土台はとても重要です。
ですが一方でそれをどう取り扱えばいいのか、もしくはより効率的に利用するにはどうすればいいのか細かい作業になってくると個別(1対1)の存在も必要になることがあります。
中学受験の家庭教師の役割の大半、もしくはそれ以上はそういうことになると思います。
(ちなみに少人数と個別もわけが違います、1対2ですら同じ子どもというのはいるわけではないので、よほど学力が同じくらいか意識が同じでない限り一緒に指導するのはかなり無理があります。)
まあ、だから集団塾と家庭教師を併用するというスタンスが珍しいものではなくなっているのかもしれません。

コストはバカにならないのでどちらか一本にしたいと思うのがほとんどでしょうが、どちらかといえばきちんとしたテンプレートがある集団塾に絞った方がいいような気はしますけどね。

誤解の無いように、家庭教師でもそういう役割を求められるのでそれを否定するわけではなく、たいていの塾と個別の併用するケースでは塾が土台で個別が装飾(でいいのかな)、のような役割を担うことが多いということです。

実際に塾に通わずに受験に合格する家庭も少ないですが必ず毎年います。



ただいずれにせよ塾にも家庭教師にも共通しているのが「いかに生徒が能動的にものを考え学習しようとする環境を整えられるか」ということかもしれません。そこにたどり着くまでのアプローチは違いますが本人がやらなければどちらであろうと仕方がありません。

話を最初に戻しますと、僕が前述した「子供の学力を素早く客観的に正確に把握し今その子にとって最も必要な学習方針を指示できるか」
というのはやや抽象的な部分も含まれていて伝わりにくかったんじゃないか、と後から思いそれをうまく話せなかったことが悔やまれたのです。まあいうなれば自分の対話能力が低いということですね、はい。

ベストなのはこちらがほとんど何も言わなくても、指示を出さなくても、本人がたとえ問題につまずいた時でも自分で解決し次のステップへ進もうとすること、そういう場を、空間を作り上げる事、これは塾の教室でも家庭でも変わらないと思うのです。

そしてその空間を作り上げるにはいかに正確に今その時の子供の状況を的確に判断できるか、という事だと思うのです。



んで・・・・無料オンライン講座の話に戻ります。

個人的にはここでも良い講師に求められる条件と言うのは根本的には変わらないと思います。
前提として学ぶ側に学びたいと言う意思が必要ですが、その意欲をそがない内容で自発的に問題を解こうとする環境を整え、そしてその学習の流れをできるだけスムーズに目標ラインまできちんとしたプロセスを作ることができるか、こういうことかなと。


話がそれてしまったので次回無料オンライン講座の講師について触れていきます。

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計画を立てる


さていよいよ夏期講習も始まり、特に6年生は忙しい40日間が始まりました。
この時期で大きく学力を飛躍させようと気合の入っている保護者の方も多いかと思います。

そうなると、まずは計画ですね。どういうふうに過ごして何を目標とするのか、これが重要になってくると思います。

ところで、家庭教師として仕事に伺うと「今後の本番までの計画を立ててください!」と依頼されることがあります。

長期的な展望と短期的な展望でどのように「子供の学力を伸ばしていくか」というようなものなのですが、僕は原則ですね、そういう計画表のようなものをきっちりと作ったりはしません。

もちろんそれは行き当たりばったりでわからないことを教えるだけのような無計画というわけではありませんし、宿題のような形で課題をできる限り日割りやページの指定など、細かく提示することもあれば長期的に習慣として取り組むべきことを提示することはあります。

しかし、僕は例えば一日のタイムスケジュールのようなものを細かく作ったりはしませんし、「この時期までにここまでこうして、こうする」という内容においても具体的な数値を提示することもあまりありません。特に6年生になれば「偏差値をいつまでに絶対にいくつまで」というようにそれに固執する気はありません。あくまで目安であってそれに縛られたくはないのです。
偏差値であれば志望校選定や、勉強方法の目安にはするけどそれを絶対視するように執着しない、それと同じ感覚です。

「あまり計画の遂行にこだわらないこと」僕はいつもそのように心がけています。


はじめての6年生の夏期講習、仮に二人目の妹弟であっても「人」は違いますし毎年受験状況も少なからず変化します。夏休みに限らず子供を取り巻く状況というのは常に変化しますので、計画が事細かであればあるほどその通りに進めていくのは困難です。

ですから常に臨機応変に状況に対応できるように大枠は作っておいても、目的地は定めても、そこにたどり着くまでの一歩一歩まで強制、制限しないようにと、考えているわけです。


計画をできる限り細かくしたほうがいいかと言えばそうではないと思うのです。
何か行事をこなすためにタイムテーブルをきちっと設定するのとは違い、もしかしたら苦手な単元が出てきていつも以上につまづくかもしれない。
それくらいであれば多くの親が許容範囲に入るかもしれませんが、人間関係や精神の変化にまで許容範囲を持てる人はなかなかいないように思います。

毎日サラリーマン並みに塾に通い、おまけに家に帰れば宿題をこなさなければいけない場合もあります。計算や漢字や暗記物など、人によっては日々のノルマを設定するでしょう。

そんな時に一日たりとも勉強に取り組む質を落とさず保つというのは人間である以上不可能です。ましてや子供ですからサボらない子供は稀だと思います。(程度はもちろんあります。)

極端なことをいえば次の瞬間何が起こるかわからないのにがっちりと計画を立ててその予想通りに進むということは非常に難しいです。



なぜこんなことを言うかというと、子供の少しの気の緩みに対して一切の妥協を許さない、そういう姿勢で計画を立てる人がいるからです。
勉強時間を睡眠時間以外の活動時間にこれでもかと詰め込み、仮に10分20分計画通りにことが進まないようならば激しく責め立てるといった具合です。

これは、非常によろしくないです。いくら夏休みは大きな飛躍の時期といっても保護者がこのような姿勢で取り組んでは伸びるものも伸びなくなってしまいます。
僕が計画に固執しない理由はそれです。それによって子供の学力向上の障害にしたくないからです。

もうね、なんですか、最近の東電じゃあありませんがあれくらいの工程表と同じノリでいいんじゃないですかね。

予定通り行けばとても順調、予定通りにいかなくてもそれが当たり前位のスタンスがいいと思います。


重要なことは予定通りにいかないときに当初の決まりに固執せず、状況に応じて最適な判断を下すことだと思います。

さあ、大きな飛躍の時期ですね(笑)。


ですが飽くまで子供の視点を忘れないようにするといいんじゃないでしょうか。
子供を追い詰めて追い詰めて秋以降に取り返しのつかない事態を起こしたりしないよう十分気を付けて欲しいものです。



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勉強の姿勢



今年とあるセンターでそちらから出版された本をいただきました。
内容はというと「家庭教師から見た中学受験の秘訣」といった感じのものです。
んで、パラパラと読んでいたのですが「勉強の姿勢をよくしよう」という部分についていろいろ思い出しました。

僕は指導中子供がどういう姿勢で勉強に取り組むかというのはそれほど気にしません。
たぶん・・・気にしない方かな、と思います。



別にね、学校の先生じゃないし「背筋をぴんと、お話きちんと聞きましょう」なんてのは性分ではないので・・・ああ、そういう問題じゃありませんか。
でも「態度が悪い!!許さない!」などと、いちいち怒るのも疲れるので基本そこら辺は省エネという方向性です、はい。

ガミガミ何でもかんでも言うよりはマナーなんてのは大人になる上で学んでいって、
仮に然るべき場面で失礼な態度をとって痛い目にあうのも人生経験なんじゃないかと。
もちろん態度は良いに越したことはありませんが。それくらいに考えています。

どちらかといえば態度良さそうにして全く人の話を聞いていないほうがよっぽど嫌です。
外っ面を整えることよりも中身をきちんとしようとする方が個人的には好きなのです。

とにかく、僕は家庭教師として家庭に訪問しているので最優先は学力向上です。
仮に聞く態度がきちんとしていなくても、きちんと頭に入っている、
きちんと話をきいているということがこちら側から認識できればそれでいいというスタンスです。


ですが例外もあります。

・・・というか限度でしょうか。
いや、限度でもないかな、普通に考えれば・・・・。

何でもかんでも「姿勢が悪くてもいいよ。」ってわけにはいかないです。

あ、どういうことかというとですね。


以前あるご家庭に初めて伺った際にこういうやりとりをしたことがあります。

「うちの子は平面図形が苦手で特に図を描くのがあまり上手ではないのです。」
それを聞いても別段何かを感じたわけではないのですが指導が始まってから驚きました。

はじめ顔合わせをした部屋はリビングでして、いわゆるお客さんをもてなすためのソファーに座っていました。
食卓の椅子とは違い腰が深く座りこむと膝が腰の上にくるくらいの柔らかいゆったりとした感じのソファーです。膝から腰に向けて斜め下に座る部分ができているので、腰までぐっと座り込んでしまうとやや天井のほうを仰ぎ見るような感じです。

僕は顔合わせのあとてっきり移動するのかと思いきややおら子供は僕の隣に座りだして指導開始です。

ソファーの形を想像してみてください。
とても腰深く座って文字がきちんと書けるような作りにはなっていないはずです。
実際子供はどういう姿勢をとるかというと、
あろうことか両足をソファーに乗せてしゃがみこむような態勢でノートを書き始めたのです。
何か線を描こうにもまず手でノートを持ち山折りにして書こうとするのですが定規も使わず
またノートもメモ帳のように持つのでやや弓なりになりまともな線が描けるはずもありません。

いつまでたってもその姿勢で書くので、仕方なしにノートをテーブルに置かせて書かせてみるとまたその両足をソファーに乗せた状態で書こうとします。
大人の客人用のソファーとテーブルです。ただでさえその子は6年生でしたが身長が140もない小柄な子供でした。

・・・・手がノートに届かないんですよ。(汗)・・・・

両手を必死に伸ばしますがまともに届かないのです。
なので若干プルプル震えながら字を書こうとするわけです。あ、しゃがんだままでね。
せめて座れよって・・・もはやどこからどう突っ込んでいいかわからない状態でした。

いやいや、まともな字なんてそりゃ書けないよって話です。

ふざけているのか本気なのか良くわからないくらい奇異な光景でした。

お母さんは何を見て自分の子供の文字が汚いと言っていたのか?

常識的に考えればソファーでしゃがんだままで文字を書かせてうまく行くはずもないと思わないのか不思議でなりませんでした。
勉強机とは文字通り勉強するための机であり文字を書くのに適した作りになっています。
食卓だって食べるのが目的ですから文字を書くのにもそれほど不都合ではないかと思います。
ソファも-ソファーの役割があります。でも、文字は書きづらいと思いますよ。

印象的だったのは本棚に入りきらないほどの中学受験の問題集やノウハウ本(具体的には何のかよくわかりませんが・・・。)があったことです。
本当にこういうのは大げさでもなっく、そういうもんなんですよね・・・。世の中不思議なもんで。


本末転倒、木を見て森を見ず・・・何と言えばいいんでしょうか・・・・。

どんなに大量の本を購入して目を通しても、子供が普段自分の目の前で両足をチョコンと椅子に乗せてまともに腕も固定せずに書いていて字が汚きゃ、まずその姿勢がおかしいと思わないのか・・不思議でなりませんでした。


常識的といえばいいのか合理的といえばいいのか、
ふつーーーに考えればわかることだと思うんですけどね。

その日の終わりに

「次回からきちんとした椅子に座らせてください」と言ったのですが

まるでそんなことが関係あるのかといった具合で

「はあ」

と一言・・・。

なぜ僕がそんな事を言っているのか分からないという様子でした。

僕にはそんなあなたが分かりませんという気持ちですよ・・・お母さん。

次の指導からは大人用の書斎に使うような椅子に切り替わりました。
今度のはどうみてもデカ過ぎでしたがまあそれはそれでいいとして・・・。

おまえ結局足乗せてクルクル回転させてるだけじゃんよ!!
いや、あのさ・・・頼むから文字書くときくらい止まっておくれ・・・・。
動物園の子供のサルじゃないんだからさあ・・・。


結局2ヶ月くらい指導して終了となりました。


基本ね、勉強の姿勢をどうこうあまり言うつもりはないんですよ、ええ、ほんとに。

でもね、文字がまともに書けないんだったらちょっと頭使って工夫するなりしたらいいかと。
・・・思っちゃだめですか?


本棚にあるほこりをかぶった本を読む前に目の前の子供をよく見ましょう。
そうすればどうやったら字がきれいになるのか、分かるでしょう。




ああ、すいません、同じことを何度も何度も・・・・。




その本をぱらぱらめくっていたら久しぶりにそんな昔の記憶がよみがえりました(汗)。


と、言うことで姿勢は良いに越したことはないですね。


いや、姿勢よく勉強しましょう、学ぶには原則それが一番効率がいいように思われます。




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課題の克服



11月になると埼玉受験までおよそ二カ月半です。
毎年この時期の時の流れの速さを感じますが埼玉県の私立が増えてきた昨今それがよけいに強くなってきた気がします。


6年生の多くは過去問に取り掛かっているかと思います。
過去問は一番重要な参考書でもあり、かといって早い時期に扱いすぎるとなかなか効果の発揮できない意外に取り扱いの難しいテキストであります。志望校の問題をよほどのことがない限り5年生のうちから子供に解かせようなんてことは(単問での扱いは別として)まず考えないでほしいものです。

原則、塾の先生のように子供たちを相対的にかつ客観的に判断できる人間に、いつどれくらいのレベルの学校の問題を演習するべきか指示を仰ぐのが安全な方法かと思います。

また過去問などに触れると弱点が分かってきて「ある単元を弱点補強したい」そういう思いに駆られることもしばしばあるかと思います。
過去問に触れていなくても夏休み後に思うような結果が得られなかった場合「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」なんて不安や焦りが強くなる場合もあるかと思います。

しかし、実際6年生の受験生になれば分かりますがこの時期はとても忙しいです。
朝から夕方まで小学校に通い、週3,4回は夜の8時9時ごろまで塾に通い帰宅時間は10時位なんてのも珍しくないです。おまけに日曜祝日は少なくとも月に一回はテストがあり、なければないで朝から晩まで日曜特訓。
そんなんだから、日本一忙しいのは中学受験生の小学生とかいわれることもあるわけなんです。

とにかくですね、一週間の中でまとまった時間を作ったり毎日ある一定の時間を確保するのは難しくなるわけです。

そういうことがきちんとできている人もいますがやはり少数です。1割にも満たないんじゃないでしょうか。ましてや親から見て満足する時間の使い方をしている子供なんてのはほぼ皆無です。


何が言いたいのかというと、そんな忙しい時期なわけですから大きく学力を伸ばそうと試みる場合、よほどの強い意志と覚悟やリスクを背負わなければいけません。

たとえば現状の学力から大きく離れた学校を志望する場合、「一発逆転」というのはないわけではないのですが、確立だけでみた場合それはとても低いし、実際はいろいろな事を効率よくこなし対策をきちんと立てた場合のみ与えられる可能性なわけなんです。運というのもないわけではありません。

そんな極端な場合でなくとも、たとえば子供たちをみていて「ああ、これが弱点だな。ここら辺をどうにかしたいな」と思ってもそれをなかなか克服する時間が作れないのでもどかしく感じることもあるのです。

課題なんてのは見つけるのは案外簡単なんですが、実際それが改善できるか否か、そこが重要だと思うのです。

ですから「あなたのお子さんはこれが課題ですね」とかいっても、そもそも物理的にできもしないような課題であれば言いっぱなしになってしまうので口にはしないよう気をつけています。

この時期はその判断が難しいなと、最近考えるようになりました。

どう考えても時間がないのですが、それでも明らかに「これをどうにかしなくては、仮にそれを克服することで大きく変わることがないにせよ、明らかに前進する」と思われる場合(勉強というのはその小さな一歩の積み重ねですが)、言うは言うけれども・・・という感じになってしまいます。

あとは価値観の問題もありますね、他の何かを削ってでも(大体は「塾の授業を休む」その次には「学校を休む」という選択肢くらいしか残りませんが)その学校に受かりたいのか否か。

また最難関クラスになればクセの強い問題が頻出する場合もあると、この扱いはさらに難しいです。
やるべき方向性は見えているのに、当然難度が高いので心身ともに負担がかなりかかります。それを克服するためにまとまった時間を作るには結局のところそこまでの素養が大きく影響するわけですね。

5年生のうちに、基本を身につけ、6年生の夏休み明けまでに総復習がきちんとなされているか否か、その重要性はその直後、つまり秋のこの時期に痛感します。

「あれが課題だからちょっと頑張って取り組んで定着させよう」というノリは残り半年にはなかなかできないことだと思います。少なくともそれまでの時期のようにはできないです。

大半の受験生はあわただしい状態で受験を迎えるのが現実ですが、4、5年生のころの過ごし方というのは後々になって本当に重要になってくると思います。
来年再来年受験を迎える人でこのブログを除いている人もいると思いますが、目先の点数にこだわりすぎず、大きな視点で勉強の本筋をつかみ正しく理解定着させることができると残り数カ月となったときに大きく差に表れるんじゃないかと思います。


今年度もいよいよ終わりへ向けてのスパートが切られたと感じる今日この頃です。



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もしも子供が



不安ということを話題にした後になんですが、以前あった出来事を書こうかなと思います。


指導中のことだったのですが子供がトイレに行くと立ちあがった後に母親があわてて部屋に入ってきたんです。
そして慌てふためきながら
「子供が急に『もう勉強は嫌だ』といって部屋に閉じこもってしまったのですが(汗)。」

簡単にいえば子供が授業をボイコットしたわけです。


その日だけでなく以前から指導中にたびたび寝むそうにしていて、集中力は散漫でした。

しかし性格的には「真面目な子だな」という印象をもっていました。

四科目では上位に位置する成績ですが算数が大きく足を引っ張っているという子で、とにかく「算数は苦手で嫌い」という典型的なタイプです。

しかし総合の成績が良いため算数は塾で上位のクラスです。
過去に何度か話しましたが、こういうケースは本人が算数を学習するのに塾において効率の悪い授業が行われている状態です。負担が大きすぎて本人の許容量をはるかに超えているわけなんですね。なので宿題などはその大半がわからない問題ばかりで、宿題をやるのがただ単にめんどくさいというだけでなくかなり苦痛な精神状態に陥っており表面上こなすだけになることがしばしばありました。

前進していない、学力が身についていない、時間と労力をかけているのにほとんど効果がないことがあるわけです。

これが分かっていながら改善できない状態というのは実にいやな気分になります。

ここの家庭ではお母さんにわく、お父さんが子供の勉強をすべて見ており生真面目な性分で「片づけないと気が済まない」性質なようです。

言い方を変えると塾から出された宿題はどんな形であれ「終わらせておかないといけない」と思っている、そうとも取れます。
元来真面目な性格はいいことですがこういうケースでは非常にまずいです。

宿題は父親と一緒にやるのが常なのだそうです。
最近は父親が勉強を見ている時に感情的になることが多く、さらにひどくなれば声を荒げてお互い罵詈雑言で大喧嘩になることもあるわけです。

父親ができるわけのない問題を意地でも解かせようと躍起になっている姿が本人の現状を考えれば想像できます。
もちろんそれが「できるわけのない」問題だと親が自覚していればそういうことは起きないと思うのですが。おそらくお父さんはよもや塾からの宿題が本人が解けないくらい難しいとは考えないのだと思います。



「まさか塾からそんな無茶な宿題が出てくるわけがない」常識的に考えればそれは自然かもしれません。しかし以前も話したように子供にかかる負担は個々に差はあれ場合によっては想像以上に大きなものです。

ましてや上位のクラスであればなおのことです。
と、いうより本人が大きな違和感を感じている事に問題あがあるわけなんですね。

この子はその日に「勉強が嫌だ」と口にしてから自分の気持ちを吐き出すことが多くなりました。


~~塾は通っていて楽しかったのに、段々負担が増えてしまい自分が想像してないほど大変になった。またいくら勉強しても親に怒られたり母親には「あれができなきゃ駄目」と脅されてばかり、算数なんか見るのも嫌なのに父親と大喧嘩をしながら宿題を解かなくてはいけない。~~

こういう本人の言葉を聞けばうなずきますが、お母さんが言うには家では本当に勉強をしないとか・・・。極力勉強に関わろうとするのを避けているわけなんです。そしてその反発が以前にも増して強くなったというわけです。


しかしそれでもお父さんは宿題は「何としても終わらせなくてはいけない」と考えているそうです。

「勉強が嫌だ」といったその日、僕は「もう今日は帰りましょうか」と提案したら、お母さんはそれは勘弁してほしいといいました。


家庭教師の仕事として親が求めるのは「宿題の消化」これが第一優先なのです。
お母さんは宿題が残ってしまうと週末お父さんと算数を宿題を一緒にやり大喧嘩になるので何としても宿題を進めてほしい、そういいました。


本末転倒ですが、宿題を意地でもやらせようとする父親の意向を止められず、かといって子供は言うことは聞いてくれない。まるで中間管理職のような板挟み状態ですね。

多少母親の主観があるにせよ、その状態を素直に分析したら解決方法はまずはお父さんが変わるしかない、そう思います。

こちらから働きかけはしますが、やはりなかなか難しいわけです。

お父さん自身、なぜそれだけ勉強に過敏になるのも理由があることが分かりましたが、とはいえもはや子供本人にしかどうすることもできないような、そういう領域にまで踏み入れようとしているのも事実です。

ちなみに当日は2,30分自由時間を作って、少し話をした後に残り1時間くらい勉強をしたという状態です。

大した事件にもならずその日は終えました。

無口で生真面目な分、自分のなかなか思いを吐き出すことができなかったようです。

先ほども書いたようにそれ以降はずいぶん自分の心情や塾の様子、両親の様子などを話すようになりました。

果たしてお父さんは子供の変化や本音に気づくことができるのか、それとも改善されず今度はもっとまずいことが起きるのか、今はまだちょっと分からないです。

まだまだ予断を許さない状況です。

もしも「子供がもう勉強は嫌だ」と塾に行かなくなったりしたら、家庭教師の指導中に逃げ出したら・・・。


皆さんはどうしますかね?



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プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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