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最近の傾向  その3 2011

はい・・・・思いっきし更新遅れています。

早めにするとか、嘘こいてすみません。

いやね、ほんと、ここんとこと忙しいんですよ。仕事も含めそのたもろもろ・・・。
って言い訳はいいので続きを続けますです。



前々回に「体系化」しつつあるという言い方をしましたが、そこら辺の表現、言い方が難しく、語弊を与えてしまう可能性があるのでもう少し突っ込んで話してみようかなと思います。



最近の傾向として、難関校の難易度が下がった(算数において)という話をしましたが、前回も言ったようにこれは別に受かりやすくなったとかそういう意味ではありません。
また解法や公式さえ覚えれば対応できるとか、そういうわけでもないです。
典型問題がそのまま出題されるわけではなく、少なくとも一ひねりは加えられているわけなんです。
しかしながら全体的には各々適度な難易度で収まってはいるのです 。

「各々適度な難易度で」ということは、その際に各学校の難易度、出題しやすい癖など差異も生まれてきます。当然過去問は従来通り重要です。


少しずつ変わってきているのは塾で学習してきた内容からのつながりがはっきりと見て取れる問題が増えてきたということです。

従来の難問奇問というのは文字通り奇抜で斬新さという方が目立っていた印象があるのですが、昨今の問題はは塾の学習内容からの大きな隔たりがない、段階を経た問題であり「努力してきたか否か」その差が付きやすくなってきたと思います。

それは前々回にも言ったように、塾の方のカリキュラムが確立してきたという面もあると思います。作成者と塾側のお互いの感覚が近づいてきているのでそういう側面からも、難問奇問という印象を与える問題が少なくなってきたのだと思います。



ちなみに難問奇問ばかりですと、だあれも解けやしないのでその問題での得点の差が生まれなくなり却って努力の効果が表れなくなることがあります。
いわゆる「捨て問」。
この選択の仕方がうまかったおかげで何とか逃げ切り合格を果たした、という作戦はだんだんと通用しなくなってきているように思います。

サピの言葉を借りると「見慣れた題材に手間を増やしたり、考え方を組み合わせることで良質の問題になる」ということですが、そういうことなんだと思います。





例えば、今年度開成で場合の数の問題が出題されました。
「中学への算数」にも取り上げられていました。問題は違えど、同じような設問の仕方が栄光学園、武蔵などにもあったようです。(栄光のは見ていませんが)


この開成の問題は小問3題で構成されており、最後の問題を正解させるのは難しくとも、その前の2問を解けるかどうか、またどれくらいの時間をかけるかというのは少なからず合否に響くと思います。



場合の数の問題ではよくあるパターンとしてその場で規則、関連性、周期などを見つけられるか問う問題があります。 例えば、その中でもフィボナッチ数列を利用したものは(1,1,2,3,5,8,13・・・)はよく見かけます。

規則性を発見するということは数の性質にも含まれます。また、不定方程式の要素を含む問題などは「和と差に関する問題」にも分類されることもあります。

単元をより細かく話を膨らますと大分ごちゃごちゃしてきますのでそのへんで。

とにかくですね、一応分類できるわけなんです。とってもあいまいというわけじゃあないんです。


規則性の要素を含んだ「場合の数」は経験が浅いと「場合の数」という概念から抜け出すことができないまま試験時間が終わってしまうかもしれません。
こういうタイプの問題は「その場でのひらめき」だけでなく日頃の修練、鍛錬の量も問われているのだと思います。
仮に意識的に分類わけがきちんとできなくとも、思考の第一歩でただ数え上げていくことに何か違和感に気付く、それも経験で身につきます。他人に伝えられるような上手な説明ができなくとも子供なりの表現で単元分けができるんですね。

努力すればするだけ向上改善できるわけです。


思考力を問われる学校はとても増えましたがこれは知識を軽視しているわけではありません。あくまで既習範囲から次の段階の問題に頭を働かせることができるかどうか、それを問うているのだと思うのです。


ですので公式丸暗記タイプは当然厳しいですね、さまざま解法の意味をきちんと理解しなければいけません。
マンスリーやカリテや週テストで高得点をたたき出しても実力模試になった途端にダメになるケースはこういうパターンが実に多いです。「00君はもっとできると思うんだけどねえ、実力模試がこれじゃあなかなか上のクラスに上がれないですね」なんて塾の先生に言われるタイプは算数の勉強の仕方を根本的に見直す必要があるかもしれません。



開成、栄光、武蔵のような難関に限らず中学受験全体でいっても知識暗記だけでは対応できないような問題がどんどん増えて今後もその流れは変わらないでしょう。 多くの学校で受験勉強で培った知識を基にその場での創造性も期待しているのだと思います。いろいろな学校の問題を見るとそう思います。

ですが、それと前回話した「算数が体系化されてきている」というのと「その場での思考力を問う」というのは矛盾しているようできちんと密接な関係で関わりあっていると思います。

勘違いしてほしくないのは「その場で考える」力が問われるというのは知識を軽視しているわけではないということです。秀才であることは価値あるものとして評価されるわけです。



この時期、四谷の4科のまとめや早稲アカのバックアップテキストは卒業している人は多いかもしれませんが、成績が平均以上の子供でも受験直前の一月頃でも十分に役立つ子供は多いんじゃないかと思います。


そりゃね、基本ですし、典型パターンしか載っていませんよ。
でも丸になればいいってもんじゃなりません。どんだけ理解しているかが大事なのは言うまでもないです。
(子供というのはおんなじ丸でも実に様々なんです。)

そのレベルで対応できる学校は言うまでもありませんが、上位校を狙う子供でも必要な子供には必要だと思います。


応用力やひらめきは基本ができていなければ出てきません。

思考力を問われれば問われるほど、基本がどれだけしっかりしているかが重要になってくると思います。
・・・4,5年生は言うまでもありませんね。

もう合不合も2回目終わりました・・・今年も早かった・・・ってまだ終わってないけどね。


まだまだ時間はあるので最後まであきらめずに頑張ってほしいものです。



6年生は残り数カ月ですが、伸び悩んだり、うまくいかない場合は思いっ切って基礎の基礎に立ち戻り一つ一つ丁寧にきちんと理解することで飛躍的に変わる可能性があると思っています。今何となく解いている問題の理解が深まれば応用力が劇的に変わりますからね。



過去問重視の時期ですが基本も大事にというスタンスは受験終了まで忘れないでおくといいんじゃないでしょうか。


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最近の傾向 2011

二年ほど前にも「最近の傾向」と題して受験算数に関して触れたことがありますが、今もそのころと大きな流れというのは変わっていないんじゃないかなと思います。
ここ数年難問奇問というものが減少してきていて、今年もその傾向に変わりはないであろうという事ですね。

僕が改めて言うまでもなく塾の説明会などに行けばどこでもおよそ同じような事を言っていると思います。僕自身は塾のように膨大なデータを持っているわけでもなければ過去問はせいぜい「中学への算数」で少々解く他、あとは今年の生徒の志望校の過去問を解く程度ですので僕の見解の客観性という部分ではどこまで信ぴょう性があるか大いに疑問です(汗)。

ですが自分の個人的な主観を踏まえても「今年度の算数の問題は依然として難問奇問が目につかず『落ち着いた感』がある」と、ああやっぱりそうなのかなという印象です。「落ち着いた」という表現は確かサピで書いてあったような気がします。

最難関に限らず中学受験全体の学校の流れをつかむには日能研や四谷大塚の説明会などがいいかもしれませんね。やはりサピとは規模が違う分データが豊富です。もちろん最難関レベルに関しても様々な情報が得られます。


んで。

難問奇問が減りつつある理由としては、もはや目新しい問題を作るにも限界が来たという事が一つの原因だと思います。
一昔前であれば「今年はこんな奇抜な問題が出題された」というのを探すのが算数の一つの醍醐味のような感もありましたがそのような問題も体系化されつつあります。

たとえば僕が子供の頃は灘中の「固定した10円玉の上にもう一つ10円玉を置いて滑らないように回転させると何回転するか」といった問題が斬新な問題として取り上げられていました。

が、もはや今やこれは受験算数の常識レベルで予習シリーズなんかでは普通に一つの単元として載っています。しかも解説もかなりロジカルで基本題から応用題まで演習できるようになっています。その他の大手の進学塾でも解法に若干の違いこそあれ、決して「珍しい問題」という位置づけではないです。

推理や論証の問題も過去に出題された問題を集めていけばかなりの量になり、それらをずいぶんと見やすく分類分けもされてきており、演習経験を積むことによりその場での想像、創造力以上に知識やスピードを試されるケースが増えてきました。

投票の途中までの開票されている問題や、複数のチームのリーグ戦の調べ上げの問題など、他にも挙げたらたくさんありますが(すいません、思い出せませんけど)ただ単に考え込むというよりは思考回路にも方向性があり、その前提部分を踏まえてといえていかなければとても試験時間以内に解き終わることは難しいケースばかりです。

推理や論証系の問題でもある程度の型があり、それを身につけているか否かでずいぶんと差が開いてしまう場合が多くなってきたと思います。


そうやって考えると、受験算数というものは数学のようにかなり体系化されてきたのではないかなと思います。
塾のテキストをきちんと演習するだけで対応できる学校が増えてきたように思います。

さて、そろそろ過去問の時期でもありますが、其の事も絡めながらもう少し算数の話を続けてみようかなと思います。



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KY



今流行りの・・・といっている時点で時代に乗り遅れているように思えますが、そうです女子高生たちが使うあのKYです。空気読めないってやつですね。

実は最近指導中にこの単語が頭の中によぎることが多くなりました。少し低俗な感もありますが意外になかなかどうして使い勝手のよろしい言葉です。

つながりというのを意識できない子供たちはしばしば算数においてのKYに陥ります。問題の流れがつかめないんですね。会話の流れが読めないのと類似する点があるように感じるのです。

例えば基礎力トレーニングは一週間同じ単元の問題が数字を変えただけで続きます。
予習シリーズや本科教室であれば例題の解説があって数字を変えただけの問題や、問う場所をすこし変えた問題というのがすぐ後に出題されます。

さすがに基礎トレのレベルで「前回と同じような感じだ」と気がつかない人はなかなかいないでしょうが、テキストだと解説にあったものとほとんど同じであることに気がつかない子供がいます。

前回も言いましたが算数のカリキュラムには必ず流れがあります。毎年枝葉末節の部分での変化はあれど幹までが生まれ変わるわけではありません。前回の授業があって何で今回の授業があるのか、その前の例題があって何で次にこの例題に入るのか常にこういうことを意識していると単元全体の大きな流れが見えてきます。また単元や例題の順番の違いからその塾の特徴などがうっすらと感じることもあります。
そしてそういう受験算数の体系が俯瞰して見えてくると学校側が出題する問題の良問や奇問というのが判別できるようになると思います。問題そのもののレベルではなく、出題問題の質において出題者の性格やレベルというのがなんとなく透けてくるんですね。

こういう流れをつかむということが、僕がブログの書き始めの頃から話していた、たとえば「背伸びした問題」や「上品な問題」、「出題者の誠意が伝わる問題」「非常に深い問題」「反則的な問題」などいろいろなメッセージというのを感じるようになります。

こういうのは今まで抽象的な表現しかしてきませんでしたが、つまるところ分析です。分析という言葉をもう少しフランクに言えば問題出題者とのコミュニケーションだったりするわけです。

市販のテキストのレビューや「はじめに」などに書かれている言葉においても触れたことがありますが同じような部分があります。
この人は数学者だなとか、受験算数に日頃から触れている人だなとか、そういうのがわかるんですね。
以前市販のテキストの最初に書かれている言葉に「随分乱暴な物言いだな」と感じたことがあります。「この本に載っている問題は基礎知識であり覚えておいて当然、これくらいの時間でやれないとだめだ」というようなことが書かれていたんですね。
もしその人が言う、そのレベルに達すればどう低く見積もっても受験者全体の上位2,3割には入るレベルです。YTでの60以上にはなるなと感じました。それを基礎的というのは何かこう見下したようなニュアンスというか、書き手から伝わる気の強さや不親切さを感じた覚えがあります。
また平気で数学の幾何の公式を載せたりと、受験算数をどれだけ知っているんだろう?という気もしました。

まあ、中数でもチェバの定理やメネラウスの定理を載せていたことありましたね(汗)
あ、あれは上級者向けだからいいか。


僕自身はは3,4年前からこういうことを感じるようになりました。指導したての頃にはただ問題を解いて解説して理解定着させてというやり方でしたが、それだけではない要素が見えてくることで指導においての無駄が減ってきたんじゃないかなと勝手に感じています。証明するものは何もありませんが。

子どもに問題を解説して類題を解かせる時に、数分前とはまるで別のアプローチで式を立てて10分以上もうんうん唸りながら考えているケースというのがあります。中には自分の得意な解法をあくまで使いたいから先ほどとは全然違うやり方で、ということもありますがまたそれとは別のものです。

「ええ??今こういう話してんじゃん。ってかなんでそういう切り返しなわけ?」

電車やファミレスで見かけるおばさん同士の会話でたまにそういうのありますね。算数の問題への取り組み方に対してそういうツッコミを入れたくなる時があるわけです。

分析、会話のコミュニケーション能力に近いものを求められるので国語力は絶対に必要だと思うのですね。ですから僕はある意味国語が嫌いではなく算数を苦手としている子供のほうが先々のことを考えれば学力の伸びしろがあるんじゃないかと考えています。早い時期からすらすら算数を解けることが悪いというわけではありません。算数が苦手だと思っている子供でもいくらでも可能性があるということが言いたいのです。

算数が苦手な子供は問題との対話そのものをしなくなっている子供もいます。これは国語の文章や問題文を読まないのに似ています。

算数においてはつながりを意識出来ればできるほど学力が高いとも言えるんじゃないでしょうか、今まで子供たちを見てきてそう思います。応用力があるとはそういうことも含まれているのかなと思います。様々な単元をつなぐことができてくると創造力が高まるのでみたことがない問題に対応できる力というのもついてきます。

サピックスのテキストならデイリーサピックスや保護者会での授業の予定表、テストでの簡単なコメント用紙、日能研なら本科教室での授業とは直接関係がなさそうなコラムやオプションの理解(・・・たしか)の部分にそういうつながりを意識させる話というのが載っています。

その間その間だけ、ただ与えられた問題が解けた解けないで終わらせるのではなく「なぜ今この単元のこの問題を学習しているのか」そういうことを意識し、且つ理解して取り組んでいけば、6年生になった時に大きく躓くこともないし、逆に飛躍的に伸びていくこともできるんじゃないかなとおもいます。


6年生は残り数か月、最終調整に入ろうかという時期になっているわけですね。この時期になれば後に戻っての復習という時間をつくるのは非常に困難です。

4,5年生のうちから算数の流れを意識する習慣をつけると、後々いいんじゃないかなと思います。


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つながりに対する意識



数学は算数に比べて体系立てて各単元を俯瞰しやすいですが、算数というのは比較した場合明確に把握しにくいように感じます。

もちろん数年指導して慣れてくれば出来ないことではないのですが、子供を持つ親としてはこれはなかなか難しいと思います。量もばかにならないし、一人二人、受験をさせても、それでも全く習ったことのない単元というのが存在していても決して珍しくないと思います。

また把握しにくい理由のもう一つには共通する言葉がはっきりとしていない点だと思います。数学のように関数、方程式、微分積分、確率・・・・などのようにタイトルが付いていれば教科書によって学習する順番が違ってもその中身でやる内容は同じです(順番が違うことで深度が違う場合はあります。)
ですが受験算数ではテキストによってくくられ方が違う場合が存在します。しかもこれは一度覚えればいいというものでもなく、年々過去問によって少しずつ姿形を変えていくわけです。
おそらくわかりやすいのが平面図形や立体図形ですね。とくに立体図形の切断などは年々過去問として既存の形が出てくるので当初斬新だった形がいくつも出題されることで新たな「立体図形の切断のコツ」といったような体系が生まれてきます。また僕がよく取り上げる「割合」に関しては広く様々な単元に使われるので複数の単元をまたぐような問題の時、テキストによってくくられ方は変わりますし、その単元のタイトルにも変化が出てきます。というのは決まった言い方など存在しないので各各の解釈で呼び方に変化が生じる場合があるんですね。そうするとタイトルを見ただけでは一瞬判別できない場合もあるかと思います。

そういえば最近、割合の食塩水の問題で二つのビーカー間での移し替えの問題で「天秤」を使った解説が載っているのですが、どうも意味が理解できません。その時答えの解説を読むと「へえ、そうなんだ」と思うのですが体に理解がしみ込んでいないのですぐ忘れてしまい僕自身は使えません。ただ、はじめのうちは随分物珍しいマイナーな問題だなと思ったのですが、ここ1,2年見かける回数が増えてきました。

おそらくこういう体験がいい例だと思います。そもそも何でそんなめんどくさい(僕にとっては)問題が存在するかというと、過去問でそういう類の問題があったからなんでしょうね。テキストで創造されたものを模倣して過去問ができるというのは想像しにくいです。ということは今後この奇妙な(くどいようですが、僕にとって)「天秤」を使う問題は出題頻度が増えてきて、そしていつの日か、どんなタイトルになるか知りませんが「ちょっと違う天秤の使い方」とかなんとかいって食塩水の濃度の単元において新たなタイトルがつき類題がいくつか載る可能性もあると思います。

中学受験ではそういうことが繰り返し行われているんですね。

ええ、しまった、またうだうだとながくなりました。そう、つながりですね。

そうはいっても算数にも各単元つながりはあるわけです。把握しにくいだけで本質的な体系立ては数学とあまり変わらないと思います。
一次式の前に二次式を習わないのと同じですね。確率のように独立しているものはいつ学習してもそれほど差し支えないかもしれませんけど。
算数も同様です。必ずAを学習した後じゃないとBにいけないというものはありますし、独立したものもあります。それぞれの区別ができて且つ、つながりのあるものにはちゃんと応用がきくか否か、とても重要ですね。

6年生になれば基本からどんどん枝分かれした単元を場合によってはつなげてみたりすることで飛躍的に問題は多様化してくるわけです。その複合的な問題に対して過去の既習範囲に立ち戻りひも解くことができればかなりの応用題にも対応できると思われます。

かなりの応用題にも対応できるといったのは、かなり多くの子供が基礎問題でも過去の既習範囲にきちんと立ち戻ることができずに失点しているからです。

サピオープン、合不合、センター模試、首都圏模試どれも問題そのものを一つ一つ取り上げるとその多くがどうってことないレベルの問題です。ですが多くの単元から並べて出題されると整理しきれていない子供たちはとたんに対応できなくなります。1問1問解説すればそれなりに理解はできるのですが、実戦の場では能力がガクンと落ちているように「見える」子供たちですね。

6年生になる前に既習範囲が整理できているのか、できていないのかで大きく違います。

僕は「算数は暗記だ」ということがありますが、当然片っ端から問題を覚えるというわけじゃありません。何を意識して覚えるかという、暗記する際の質が重要だと思うのです。流れやつながりを意識すると暗記する作業はそれほど大変ではないです。歴史の年表とはわけが違います。数学も公式が覚えなくてはいけませんが、いくつか覚えてしまえばその他多くの多く公式は極端な話自分で導き出せます。ただテストの時間にその公式を生みだすのにそんなに時間をかけるわけにはいきません。算数も同様ですね。

とりあえず、まず整理をきちんとして、その次にスピード、正確さの反射神経を鍛えるという順番です。

実はその整理できていない状態で問題を解くのが早くなってしまう子もいます。以前は算数が得意だったのに急にできなくなったというパターンでこういうケースを見かける場合があります。

その中には問題を読む習慣がきちんと出来ていない場合もあります。算数を感覚的にパズルのようにスラスラ解いていた時期があったため、そのまま5年生6年生になっていくと読み落としのようなケアレスミスを連発して気づいたらかなり成績が下がっているというような具合です。

「注意深く読めって言っているのにいつまでたってもなおらないです」なんて悩みを打ち明けられる場合もありますが、本質的には「そもそも読解できていない」場合が多いです。

算数は国語が得意なほうが絶対に有利です。そうでないといま話したようなケースに陥りやすいし、体系立てたり整理したりというのができない場合が多いです。


テストなおしなどをするとつくづく思います。学習したことを頭に落ち着かせることがとても重要だなと痛感するわけです。

もう少しつながりということについて話してみたいと思います。


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算数のセンス

いきなりですが算数というのは暗記の要素が少なくないです。

これは意外と認識されていないのかもしれませんね。

もちろんこういう言い方をすると、じゃあ数を暗記すればいいのかというと当然そういうわけではありません。

また英語の単語のようにいくつ覚えればいいのかという具体的な数字があるわけではありません。

ですが、公式や解法をある一定の量は暗記しないと解けない問題がほとんどです。
社会や理科の暗記に比べると少ないとは思います。


重要なことは何を暗記しなくてはいけなくて、何を暗記しなくてもよいか、ということだと思います。

この区別がつかないために伸び悩んでいる子は多いです。

特に暗記しなくても良いものに関しては非常にあいまいです。テキストの問題の答えのようにまったく覚えなくていいもの(当たり前ですね)、覚えたらいいけど覚えなくてもなんとかなるものがあります。また「覚えたらいいけど」の中にはどれだけ効果があるのかそれもまちまちです。

しかも中身なく暗記すると逆効果な場合もしばしばです。

実際塾では「いいからこの形で覚えておけ」という指導をする場合があるようです。
子供たちの話を聞いたりノートを見ているとそういうケースはあります。


というか、そうしなくては授業が成り立たないのかもしれません。個別ではしてはいけないことでも集団授業ではせざるを得ないということはよくあると思います。

ましてや「なぜそうなのか?」ということを詳しく話していたら講師はカリキュラムが全然こなせないなんてこともあるでしょうからね。


そういう部分においては僕なんかは子供それぞれですね。つまり深い部分まで話したほうがいい時もあれば、話さなくても大丈夫だなというときがあるわけですね、子供の学力によって。また理想からは多少はずれるかもしれませんが、この子には現段階ではここまでの話でとどめておいたほうがいいと考えて、敢えて基礎的なことしか解説しない場合もあります。

そういうのは集団では無理ですからね。

前にも触れましたが「同じ問題はもう一度解く必要がない」と言い切ってしまう人もいるようですが僕はそういう考えではありません。

反復のほうに重点を置きますね。

大体九九だって6,7歳の子に向かって「一度聞いたらそれでいいんだから、それ以上覚えようとするな」と指導する人はいないと思いますが。結局様々な解法も同様で使って使って、つまり問題を何度も解くことで覚えていくんじゃないでしょうかね。


そうなってくると算数のセンスということになってくるんですが、これは努力で必ずどうにかなるものだと思います。

理系文系の時にも話したように好き嫌いというのが学力の伸びにたいして、あたかも「遺伝的」な要素が原因のように映る時もあるかもしれませんが僕は「遺伝」はそれほど重要ではないと考えています。

算数のひらめきやセンスを伸ばしたければ解法をよく理解したうえで暗記してそれを何度も使うことで必ず伸びます。

あとは正しい手順かどうか、ですね。4,5年生の子供たちの、6年生になった時の学力がどうなるかはこの時期の過ごし方は直接的に影響してくると思います。もちろん5年生の終わりや6年生に入ってから受験勉強をはじめ頑張る子もいますがそれはまれです。

あ、平面図形の話をしようと思ってたんですが・・・。
すごいそれました。


図形にセンスはいるのかどうかですね。

・・・・また文が遠回りをしてしまった・・・・


もうわかるかもしれませんが努力すれば伸びます。努力すればセンスといわれるものも伸びると思います。

また次回つっこんでみようかと。

こんどこそ。


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プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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