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なかなか面倒で

最近ですね、いよいよ地デジに変更したわけなんですが
その際にパソコンも光がどうたらこうたら色々契約しまして・・・・いまだによくわからない。

アドレスなどを変えるのが非常にめんどうくさいので今のプロバイダで継続しようと考えているのですがこれはこれで面倒なんですね・・・・。
自由競争はいいんですけど頭パニックですほんと、だれか設定をぽちっとサクッとやってほしいです。
ブルーレイ一つつなげんのもえらい時間がかかりました。
商品の段ボールに「簡単接続方法」とか書いてあるんですが、全然簡単じゃなかった・・・。
アナログ人間なめんなよって話です。ほんとにもう。簡単とか軽く言わないでほしいですね。

やっとこさ録画してみた番組。いや、あのこれ、録画した番組があんまりにきれいでちょっと感覚がついていってないです。
どうしてもリアルタイムで見るよりも画像が悪いだろうと、そういう感覚が染みついているからなんですね。

今のご時世サービスやら特典やら多くて各会社の比較情報を整理するだけでも一苦労です。
しかもパソコン環境はしばらく放っておいたので、いい加減説明書ちゃんと読んで取り組まないと下手したら数日間つながらないかもです。仕事も幸い隙間なく埋まったのはいいのですがパソコン設定がますます億劫です。

ああ、もうほんとに・・・参りました。

あ、今日二日ぶりにパソコンを開いたのですが、コメントの方は遅くなるかもしれませんが随時返していこうかと思います。

今日は早く寝ます。寝たいです。

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上位ということの意味

前々回の記事においてコメントをいただきましたが、さて返信すべきがどうか迷いました。しかしながらわずかな可能性を軽視して責任を放棄するのはどうかと思いまして非常に神経を使う作業ではありますがやはり対応すべきであろうと。

ここに僕自身の考えをここに記しておこうかと思います。


前々回の上位の生徒に対する話して書かれたコメントです。



うちの愚息は、サピックス入塾以来、現在6年までずっとα1、つまり最上位クラスに居続けています。が、これが そんなに大変なことですか?全く凄いことでもなんでもなく普通です。ほんとに。
周囲のα1のクラスメイトも、どんなに悪い点数をとって、クラス落ちしたときでもα2まで。それ以下のクラスにはなったことはみなさん、ありません。
だから、もしかしたら、悪い点数の人は永遠に悪く?良い点数の人は永遠に良いのでしょうか。そのところはわかりません。
でも最上位クラスに居続けることは簡単なことであることは確かです。



もしこれがただの挑発であったり、いわゆるアラシにつながるようなコメントであればさしたる問題ではないのですが、人の親の本心としてのコメントであればいろいろ僕の方からも伝えなくてはいけません。
このコメントを残した相手というよりも読んだ人にですね。

というのは、おそらくこの輩に僕の考えが分かってもらえるかというと難しいだろうと考えるからです。またそれなりに体よくまとまっているコメントなのでこのコメントを見て、もしかすると「ああ、上位の生徒を持つ親はこんな心境なんだ、こういう風に人を見下しているんだ」というような勘違いされては嫌だからです。

こういう考えの人間がすべてではありません。

こういうコメントにいちいち反応する方が馬鹿だ、と考える人もいるでしょう。
僕もその点で非常に迷いましたが、最初に書いたようにもしアラシではないとしたら、仮に今後思わぬ事態に発展し収拾が難しくなったとしても、とりあえずの責任は果たしていこうと思ったわけです。

コメントに対して結論から言っておきます。

異常にへりくだって愚息という言葉を使用していますが、愚かなのは子供のほうではく親のほうです。また「普通だと思う」といっていますが、僕から見てこのコメントで普通でないと思うところは「品のない」ところです。
文章全体を通して著しく品性の欠けたものであり、下品極まりないというところです。


なぜそう感じるのか、思うことを書いていこうかと思います。

少し話がそれますが、前に僕のブログをみた友人で「俺は入塾してα1にいてから一度も落ちたことなかったぞ~」と少し得意げに言ってくる奴がいました。本人も別に自慢しようとかそういうのではなかっただろうし、内輪での話なのでたいして気にも留めませんでした。それを聞いていた周りの反応も同じようなものだったと思います。

現実問題、常に上位でいることが普通であるということに気がつかないくらい普通に生活している人もいるでしょう。
たとえば以前紹介したすごく出来のいい中国人留学生の中にも、学力は本人の周りとの環境において相対的にずば抜けて優れていた者もいるでしょうから仮にトップにい続けることがあった時にさしたる苦労や努力したという実感がわかないかもしれません。

今回のコメントのように複数の友達同士、常に最上位クラスで勉強して充実した受験を終えることができる集団もあると思います。僕自身そういう人間たちを見上げても来ました。

また僕は算数を教えて何年か経過していますが、それでも数学算数両面において学力的に、まるで太刀打ちできない小学生というのは必ずいると思います。実際に出会った事があるわけではありませんが、必ずいると思います。

そういうように多くの人間と頭二つ以上飛び抜けた次元で生きている人間がいることは事実だと思います。ひょっとしたら彼にとってみればなんてことがないことだったかもしれません。

世の中には違う次元で生きていると感じさせる人々は各方面で探してみれば勉強だけでなくともたくさん存在します。たとえば家柄なんて言うのはそうですね。

財力や人脈で犯罪を犯しても罪にならなかったり、もしくは異常に早い刑期や軽い刑で社会復帰を難なく果たすことができたりする人もいれば、自分の一言で黒も白に変わると本気で考え、それが当たり前で育っていく人間もいます。そしてそれ以外の世界を知ることもなく当人自身においては何不自由なく人生を終える人もいるでしょう。

ですからα1にずっといるということが当然であり、自分以下の学力をとる人間のこともまるでわからず、またその先の人生も一度も躓くことなく何事もなく人生を終えることも可能性としてあるだろうと思います。

しかしながらそういう各々の能力と品性は全くの別物です。これはどんな肩書や経歴があろうとも品のないものは品がありません、下品です。コメントを残した人間がいかなる経歴を持っていても、それは色あせるばかりで成し遂げた努力や業績も効果が十分に発揮できない、そう僕は考えます。

僕が見上げてきた人間は全員が全員、というかほとんどがこんな下品な人間ではありませんでした。奥ゆかしく謙虚で慎重に行動発言する人ばかりでした。少なくともこのブログを通してメールやコメントをくださった常に最上位にいる方たちにはそのような印象を受けてきました。

このコメントでひょっとしたら多くの人間が、「まあずっと最上位でも普通だなんてなんてうらやましい、憧れる」と感じたかもわかりません。

ただ繰り返し言っておくことは100人中99人がそう感じたとしても僕にはこのコメントが下品にしか映りません。人の親になっているにもかかわらず、まったくの世間知らずなのか、はたまた無知で限られた限定された世界にしか生きてこなかったのか。

その生き方を否定しているわけではありません、僕の価値観でそう感じるだけです。
成績は上位でも品のなさはあらゆる価値を下げる、そう思うわけです。

哲学者か、思想家か、作家と呼べばいいのかわかりませんが故人の池田晶子さんはインターネットでの書きこみやチャット、ブログを書くことへのやや批判的な警鐘を鳴らしていました。(ブログを書いている僕自身も批判の対象者ではあるのですが。)


相手が見えない世界で言葉を発するときによほど慎重にならなくてはいけないと、自らを傷つけたり価値を下げることになる。本物の言葉を自分自身でよく考えて使いそして自らの生きる意味を考察するべきだ。


うろ覚えですがまとめるとたしかそのようなことをおっしゃっていたと思います。

別に最上位でいて当たり前だし、人生満足しているからどんな言葉を使おうと関係ないというのであればそれもその生き方です。

ひょっとしたらこのコメントをかいた親自身がそういう環境で生きてきたのかもわかりません。子のゆがみは親のゆがみであり、また親のゆがみはその親のゆがみでもあり、非常に根深いものなのでその本質をつかむのは非常に難しいものです。



あの記事での僕の考えは多少仰々しく映るかもしれませんが、最上位で頑張っている生徒の大半がこういう現状だと僕の目でみたことを書いてみたわけです。この子の周りは知りませんが。
最上位のクラスというのが全体のどれだけの割合で如何に少数か、ちょっと頭を使って計算すればすぐわかるようなことです。それを普通といってしまうということはよほど想像力がないのか、限られた環境で生きてきた世間知らずか、他人に弱みを見せず優れているところを常に見せることをよしと考えているのか、ただ優越感に浸りたいだけなのか、はたまた僕の記事が生理的に不快だったのか、それくらいしか考えられません。

しかしながらいかなる理由があろうともコメントに並べられた言葉は下品です。それだけは重ねて強く言っておきます。

このままでは子供は本当の愚息になってしまいます。僕が考える本物の愚息です。
親自身が変わらずともそんな親を見て「変わらなくては」と価値観を変えて生きていくことができるかもしれません。

この先のことまでは予測はつきません。

ただ僕としては未来につながる子供が愚息にならないことを願います。


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これは、どうなるんでしょう。



再三このブログでも紹介してきたアニリールセルカン氏。
経歴や論文の詐称の疑いが極めて強いということが判明したそうです。経歴や業績の一部の証明書をトルコ政府及びNASAが自分たちの発行したものではないと否定しています。あ、ということは完全に詐称ですね。
僕は朝日新聞でその記事を読んだのですが他の大手の新聞でも同様の内容が伝えられているようです。

実はここ1,2か月匿名でのコメントもこのブログにていただきましたが、内容が内容だけにとりあえずコメントは返さずに静観しておりました。常識的に考えれば自分の素性も明かさない人間の他者への批判を真に受けるわけにはいきませんし。
コメント内容はアニリールセルカンの業績はほとんど嘘で不正なものだというものだったのですが、セルカン氏個人の業績を調べ上げ、いかにあやしいかということだけが書かれたブログがリンクに張られているだけだったもので、そのコメントを残したという行動そのものをどう扱うべきか僕には判断が難しかったからです。

新聞で書かれていたことは詐称のほかに宇宙機構に申告した論文11本のうち4本の存在が確認できず、宇宙機構が該当部分を報告書から削除したそうです。さらに、東京大学も経歴や業績の調査を進めているらしいです。

さらに新聞にはお詫びとして「トルコ人初の宇宙人飛行士」は誤りでしたと書いてあります。すごいです。

・・・ええ、確か僕はブログでこんな柔軟な人になれたらいいなあ、なんて書きましたがいやあここまで柔軟過ぎて、過ぎたるは何とやらです(汗)。っていうかべた褒めだっただけにかなりみじめなんですけど(笑)。

ウソはまずいですねぇ、ですがこの手の嘘をつく人って、癖みたいな気がするのです。治るのかな。もったいない気がします、経歴詐称なんかしなくてもそれなりにやってきたことはあっただろうに、と考えてしまうんですけど、それも買いかぶりすぎでしょうか?

たしかにあの若さであれだけの経歴かと思うと、素人感覚であまりの自分との違いにひどく落ち込んだものですが、嘘だとわかると少しホッとしてしまうのは人間の性でしょか。何とも情けないものですが。見る人が見れば明らかに違和感のある論文の業績や経歴らしいですね。僕はただのスーパーマンくらいにしか持ってなかったですけど。


とにかくさんざん僕自身は称賛してきたので、彼が経歴詐称していたという事実はここで伝えておかなくてはいけないです。まことに遺憾で自分自身恥ずかしくもありますが。
助教授にしてしまった東大も大変かもしれません。

それにしても大手の新聞の複数が詐称を記事にして、少なくとも朝日ではセルカン氏の紹介で間違った記事を載せたことへのお詫びまで書いているのですから、・・・いやはや何とも、ある意味大物です。(笑)

ところで、どうしてみんなだまされたんですかね?それはそれで興味深いです。
どんだけ度胸があるのか、巧みだったのかよく知りませんけど。

もちろん僕なんかは、東大助教授、朝日新聞に取り上げられていたから疑う気なんてまったくもって微塵もありませんでしたけどね。

しかしながら不正について書かれているブログを読むにつれ100%セルカン氏を信じられなくなっていたのも事実でした・・・。

彼の書いた「宇宙エレベーター」の本そのものはとても楽しくわくわくさせられたのは事実です。経歴詐称の罪は消えないでしょうが頑張ってきちんと業績を残してほしいものです。それとももう無理なのかな、自国へ帰ってしまうんでしょうか。また宇宙エレベーターの案そのものは消えないでしょうから彼が無理でも今後誰かが叶えてくれことを願っております。

まことに残念なニュースでした。


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上位でいること

算数において上位のクラスでは基本標準問題(その塾においての)レベルを省略して、やったとしても標準問題レベルを少し、後は応用問題が中心となります。


例えば四谷大塚の予習シリーズとはその名の通り、塾で学習したことを家で復習するのではなく、あらかじめ自分たちで予習しておいてから授業に入るという形になります。なので上位のクラスでは標準レベルまではきちんと定着したことが前提で授業が進んでいきます。

早稲田アカデミーはW-BASICというテキストがありますが予習シリーズも使用するので四谷大塚のような雰囲気はあります。授業のやり方は同じとは言いませんがW-BASICも予習シリーズとの類似点が多く、予習することを禁じるようなことはありません。日能研では5年生まではテキストが複数ありレベルに応じて演習する範囲を使い分けるという感じです。サピックスは(今後どうなるかわかりませんが)5年生までは下位から上位まで大体同じようなものが配られてやはり日能研のようにクラスに応じて宿題の個所や演習の重点ポイントが変わります。サピは基本的に予習は勧めていないです。授業を重視します。そして「自宅での復習」も同じくらい重視します。


サピは早稲アカ、四谷大塚、栄光ゼミなどのような塾と授業の進め方が違いますね。
学力にかかわらずどの生徒に対してもスタートラインは同じです(本来自分で学習することも含めれば四谷大塚も同じですが)。ただそこからのスピードが全然違いますけど。また、テキストそのものは他者が読むには不親切なので置いていかれるとえらいことになるという危険もあります。


ですからどこの塾であれ、上位の生徒に求められるものはスピード、深度などだけではなく一度躓くと立てなおすのが下位のクラスに比べて非常に困難です。

そういう時に、「じゃあ、ワンランク下げてここまで定着させていけばいい」と割り切ることができればいいのですが現実問題それが難しいです。
塾の講師は塾の性質上下位の生徒に合わせるということはできないので、個別指導塾でもなければペースを落とすことはできません。ついてこれない生徒を鼓舞したり、叱咤激励、ときには重圧をかけるように叱ったりするわけです。
親子の側も受験というものや受験算数とはどういうものかがわからなければ「何とかこのペースについて行かなくてはいけない」と考えるのは自然なことかもしれません。
そうなってくると今度はついていけなくなった子供に「改善向上の余地」があると考えると思います。

「人間らしい生活が送れるようになった」という感覚は保護者であれば残っておくべき心情かなと思います。塾での上位の子供たちに強いられる負担というのは本当に大きなものです。吐き気を催したり、髪の毛が抜けたり、というのはまれではありますがないわけではないのです。

実際のところ、上位クラスで取り扱う応用問題というのはクラスの半分近くが、もしくはそれ以上が理解できていないと思います。ついていけない子供が下位のクラスのようにやる気がない状態ならまだしも、上位にいるということはみんな基本真面目なのです。それでも過半数はついていけない状態で、その子たちの多くが自己嫌悪に陥る、プライドが傷つく、現実を直視できない、その後も無理な勉強を続ける、という非常によくない状態に陥ります。


応用問題の多くが男子の最難関を目標としているので、特に女子の中では求められていないレベルを要求されるというケースもしばしば見かけます。

ついていけない子供の中には宿題の一問目から全くわからず、その後も問題も同様で結局ほとんど解けないまま宿題が終了。そして2週3週と経過したら授業などは1コマ座っているだけで終わってしまいます。

これを1,2カ月も繰り返したら学力が格段に落ちてしまうのは火を見るより明らかです。

塾で上位のクラスをずっと維持するの大変なことです。こともなげにそういうことができているように映る人もいますが、その中でも悩んでいる人は悩んでいます。もちろん多くは維持できないで落ちたり上がったりを繰り返したり、そのままおちていったりとなるのです。

6年生になれば日常生活で学校に通うなどの時間を除けば勉強が占める割合がほとんどになりますが、上位クラスになるとそれでも物理的な時間が足りない子供ばかりです。やることが多すぎてどんなに切りつめても足りないんですね。
また先程も言ったように大半の子供はやっている内容を満足に理解できない状態です。



なんかちょっと言いたいことがまとまりきっていないのですが・・・・とにかく言いたいことは大変だということです。

この話題もいずれ書きなおしたいです。

子供がクラスを落ちても基本的には保護者は悲観することはないのです。子供が焦るのは多少構いませんが、親が同じように焦ったり子供を叱る量が増えたりするのはよくないと思います。余計に子供に負担をかけてしまうことになるでしょう。

子どもがプライドが傷つけられたり、自己嫌悪に陥るのは一つに気持の逃げ場がないからだと思います。誰かが最優先にそこを支える心構えがあれば子供がそうなることはないと思います。子供は大人の真似をして自分の行動の指針の基礎をつくるわけです。


中学受験というものがよくわからない人は、受験勉強において上位層にいることはとてもとても大変なことで、もし自分の子供がそうであればそれは自分はよほど恵まれているんと思うくらいでいいんじゃないでしょうか。とにかく子供の成績が落ちた時も落ち込まないようにすることですね。それができたらとてもいいんじゃないかと思います。苦悩を支える人間に責められてしまっては何とも悲しいもんです。


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人間らしい生活



テキストのレビューの話から連想して思いだしたことがあります。

「変わったことといえば人間らしい生活が送れるようになったことでしょうか」
上位のクラスから落ちたときにお母さんがこういう風に言ったことがあります。

大げさなようですが改めて考えるとそうなんだろうなと思います。
中学受験とはどういうものかをあまり知らずにに始めた人が、その異様とも言える環境を目の当たりにした時にそういう風に思うことは決して珍しいことではないと思います。

大学受験で缶詰めになって勉強するならまだしも小学生が1日8時間も勉強に時間を費やす光景というのは、知らない人が聞いたら少し大げさに言っているんだろうなと思うかもしれません。

ところで人間らしい生活とは、どういうことを言うんでしょうかね。
小学生であれば勉強以外にも習い事や友達との遊ぶ時間や家族と過ごす時間、学校行事に積極的に参加したりと、いろいろありそうですね。

こういう時間は6年生になればなかなか、というかほとんどとることはできないと覚悟しておいてもいいかなと思います。もちろん効率よく生活すれば全く取れないということはないとは思いますがなかなか難しいでしょうね。

また6年生でなくても5年生位になれば上位のクラスにいれば真ん中や下位のクラスとスピード、プレッシャー、宿題量、難度、すべてにおいてかなり変わります。ですからそれまでと同じようについて行こうとすると塾の負担度が大きく変わる場合はあると思います。もちろんついて行かなくてはいけないのですが、そこら辺は又後で話題にします。

クラスが下がることで人間らしい生活が送れるようになったと思うのは、何ともやりきれないものですね。上位のクラスにいてなおかつ充実した受験生活を送ることができればいいと思うのですが、なかなか現実は難しいようです。

受験というのは子供たちにどれくらい負担のかかるものなのか、これを理解することは意外に大事なことだと思います。それがわからないと子供に対して正しい距離でつきあうことができなくなるからです。とくに上のクラスから落ちてきたときというのは、さがったことよりもその事実に対してどういう風に対応していくかのほうが重要だと思います。子供の性格も考慮しながらにはなると思いますが、おおむね押したり引っ張ったりしてもうまくいかないです。クラスが下がることそのものはたいした問題じゃないんですね、それによって軸がぶれてしまうほうがよほど悪影響です。

何を連想したのかというとですね、「塾側の要求と、それに対しクリアしなければいけないレベル」というものです。

上位のクラスというのはどういうものなのか、今度はそのことについて話してみようかなと思います。


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KY



今流行りの・・・といっている時点で時代に乗り遅れているように思えますが、そうです女子高生たちが使うあのKYです。空気読めないってやつですね。

実は最近指導中にこの単語が頭の中によぎることが多くなりました。少し低俗な感もありますが意外になかなかどうして使い勝手のよろしい言葉です。

つながりというのを意識できない子供たちはしばしば算数においてのKYに陥ります。問題の流れがつかめないんですね。会話の流れが読めないのと類似する点があるように感じるのです。

例えば基礎力トレーニングは一週間同じ単元の問題が数字を変えただけで続きます。
予習シリーズや本科教室であれば例題の解説があって数字を変えただけの問題や、問う場所をすこし変えた問題というのがすぐ後に出題されます。

さすがに基礎トレのレベルで「前回と同じような感じだ」と気がつかない人はなかなかいないでしょうが、テキストだと解説にあったものとほとんど同じであることに気がつかない子供がいます。

前回も言いましたが算数のカリキュラムには必ず流れがあります。毎年枝葉末節の部分での変化はあれど幹までが生まれ変わるわけではありません。前回の授業があって何で今回の授業があるのか、その前の例題があって何で次にこの例題に入るのか常にこういうことを意識していると単元全体の大きな流れが見えてきます。また単元や例題の順番の違いからその塾の特徴などがうっすらと感じることもあります。
そしてそういう受験算数の体系が俯瞰して見えてくると学校側が出題する問題の良問や奇問というのが判別できるようになると思います。問題そのもののレベルではなく、出題問題の質において出題者の性格やレベルというのがなんとなく透けてくるんですね。

こういう流れをつかむということが、僕がブログの書き始めの頃から話していた、たとえば「背伸びした問題」や「上品な問題」、「出題者の誠意が伝わる問題」「非常に深い問題」「反則的な問題」などいろいろなメッセージというのを感じるようになります。

こういうのは今まで抽象的な表現しかしてきませんでしたが、つまるところ分析です。分析という言葉をもう少しフランクに言えば問題出題者とのコミュニケーションだったりするわけです。

市販のテキストのレビューや「はじめに」などに書かれている言葉においても触れたことがありますが同じような部分があります。
この人は数学者だなとか、受験算数に日頃から触れている人だなとか、そういうのがわかるんですね。
以前市販のテキストの最初に書かれている言葉に「随分乱暴な物言いだな」と感じたことがあります。「この本に載っている問題は基礎知識であり覚えておいて当然、これくらいの時間でやれないとだめだ」というようなことが書かれていたんですね。
もしその人が言う、そのレベルに達すればどう低く見積もっても受験者全体の上位2,3割には入るレベルです。YTでの60以上にはなるなと感じました。それを基礎的というのは何かこう見下したようなニュアンスというか、書き手から伝わる気の強さや不親切さを感じた覚えがあります。
また平気で数学の幾何の公式を載せたりと、受験算数をどれだけ知っているんだろう?という気もしました。

まあ、中数でもチェバの定理やメネラウスの定理を載せていたことありましたね(汗)
あ、あれは上級者向けだからいいか。


僕自身はは3,4年前からこういうことを感じるようになりました。指導したての頃にはただ問題を解いて解説して理解定着させてというやり方でしたが、それだけではない要素が見えてくることで指導においての無駄が減ってきたんじゃないかなと勝手に感じています。証明するものは何もありませんが。

子どもに問題を解説して類題を解かせる時に、数分前とはまるで別のアプローチで式を立てて10分以上もうんうん唸りながら考えているケースというのがあります。中には自分の得意な解法をあくまで使いたいから先ほどとは全然違うやり方で、ということもありますがまたそれとは別のものです。

「ええ??今こういう話してんじゃん。ってかなんでそういう切り返しなわけ?」

電車やファミレスで見かけるおばさん同士の会話でたまにそういうのありますね。算数の問題への取り組み方に対してそういうツッコミを入れたくなる時があるわけです。

分析、会話のコミュニケーション能力に近いものを求められるので国語力は絶対に必要だと思うのですね。ですから僕はある意味国語が嫌いではなく算数を苦手としている子供のほうが先々のことを考えれば学力の伸びしろがあるんじゃないかと考えています。早い時期からすらすら算数を解けることが悪いというわけではありません。算数が苦手だと思っている子供でもいくらでも可能性があるということが言いたいのです。

算数が苦手な子供は問題との対話そのものをしなくなっている子供もいます。これは国語の文章や問題文を読まないのに似ています。

算数においてはつながりを意識出来ればできるほど学力が高いとも言えるんじゃないでしょうか、今まで子供たちを見てきてそう思います。応用力があるとはそういうことも含まれているのかなと思います。様々な単元をつなぐことができてくると創造力が高まるのでみたことがない問題に対応できる力というのもついてきます。

サピックスのテキストならデイリーサピックスや保護者会での授業の予定表、テストでの簡単なコメント用紙、日能研なら本科教室での授業とは直接関係がなさそうなコラムやオプションの理解(・・・たしか)の部分にそういうつながりを意識させる話というのが載っています。

その間その間だけ、ただ与えられた問題が解けた解けないで終わらせるのではなく「なぜ今この単元のこの問題を学習しているのか」そういうことを意識し、且つ理解して取り組んでいけば、6年生になった時に大きく躓くこともないし、逆に飛躍的に伸びていくこともできるんじゃないかなとおもいます。


6年生は残り数か月、最終調整に入ろうかという時期になっているわけですね。この時期になれば後に戻っての復習という時間をつくるのは非常に困難です。

4,5年生のうちから算数の流れを意識する習慣をつけると、後々いいんじゃないかなと思います。


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つながりに対する意識



数学は算数に比べて体系立てて各単元を俯瞰しやすいですが、算数というのは比較した場合明確に把握しにくいように感じます。

もちろん数年指導して慣れてくれば出来ないことではないのですが、子供を持つ親としてはこれはなかなか難しいと思います。量もばかにならないし、一人二人、受験をさせても、それでも全く習ったことのない単元というのが存在していても決して珍しくないと思います。

また把握しにくい理由のもう一つには共通する言葉がはっきりとしていない点だと思います。数学のように関数、方程式、微分積分、確率・・・・などのようにタイトルが付いていれば教科書によって学習する順番が違ってもその中身でやる内容は同じです(順番が違うことで深度が違う場合はあります。)
ですが受験算数ではテキストによってくくられ方が違う場合が存在します。しかもこれは一度覚えればいいというものでもなく、年々過去問によって少しずつ姿形を変えていくわけです。
おそらくわかりやすいのが平面図形や立体図形ですね。とくに立体図形の切断などは年々過去問として既存の形が出てくるので当初斬新だった形がいくつも出題されることで新たな「立体図形の切断のコツ」といったような体系が生まれてきます。また僕がよく取り上げる「割合」に関しては広く様々な単元に使われるので複数の単元をまたぐような問題の時、テキストによってくくられ方は変わりますし、その単元のタイトルにも変化が出てきます。というのは決まった言い方など存在しないので各各の解釈で呼び方に変化が生じる場合があるんですね。そうするとタイトルを見ただけでは一瞬判別できない場合もあるかと思います。

そういえば最近、割合の食塩水の問題で二つのビーカー間での移し替えの問題で「天秤」を使った解説が載っているのですが、どうも意味が理解できません。その時答えの解説を読むと「へえ、そうなんだ」と思うのですが体に理解がしみ込んでいないのですぐ忘れてしまい僕自身は使えません。ただ、はじめのうちは随分物珍しいマイナーな問題だなと思ったのですが、ここ1,2年見かける回数が増えてきました。

おそらくこういう体験がいい例だと思います。そもそも何でそんなめんどくさい(僕にとっては)問題が存在するかというと、過去問でそういう類の問題があったからなんでしょうね。テキストで創造されたものを模倣して過去問ができるというのは想像しにくいです。ということは今後この奇妙な(くどいようですが、僕にとって)「天秤」を使う問題は出題頻度が増えてきて、そしていつの日か、どんなタイトルになるか知りませんが「ちょっと違う天秤の使い方」とかなんとかいって食塩水の濃度の単元において新たなタイトルがつき類題がいくつか載る可能性もあると思います。

中学受験ではそういうことが繰り返し行われているんですね。

ええ、しまった、またうだうだとながくなりました。そう、つながりですね。

そうはいっても算数にも各単元つながりはあるわけです。把握しにくいだけで本質的な体系立ては数学とあまり変わらないと思います。
一次式の前に二次式を習わないのと同じですね。確率のように独立しているものはいつ学習してもそれほど差し支えないかもしれませんけど。
算数も同様です。必ずAを学習した後じゃないとBにいけないというものはありますし、独立したものもあります。それぞれの区別ができて且つ、つながりのあるものにはちゃんと応用がきくか否か、とても重要ですね。

6年生になれば基本からどんどん枝分かれした単元を場合によってはつなげてみたりすることで飛躍的に問題は多様化してくるわけです。その複合的な問題に対して過去の既習範囲に立ち戻りひも解くことができればかなりの応用題にも対応できると思われます。

かなりの応用題にも対応できるといったのは、かなり多くの子供が基礎問題でも過去の既習範囲にきちんと立ち戻ることができずに失点しているからです。

サピオープン、合不合、センター模試、首都圏模試どれも問題そのものを一つ一つ取り上げるとその多くがどうってことないレベルの問題です。ですが多くの単元から並べて出題されると整理しきれていない子供たちはとたんに対応できなくなります。1問1問解説すればそれなりに理解はできるのですが、実戦の場では能力がガクンと落ちているように「見える」子供たちですね。

6年生になる前に既習範囲が整理できているのか、できていないのかで大きく違います。

僕は「算数は暗記だ」ということがありますが、当然片っ端から問題を覚えるというわけじゃありません。何を意識して覚えるかという、暗記する際の質が重要だと思うのです。流れやつながりを意識すると暗記する作業はそれほど大変ではないです。歴史の年表とはわけが違います。数学も公式が覚えなくてはいけませんが、いくつか覚えてしまえばその他多くの多く公式は極端な話自分で導き出せます。ただテストの時間にその公式を生みだすのにそんなに時間をかけるわけにはいきません。算数も同様ですね。

とりあえず、まず整理をきちんとして、その次にスピード、正確さの反射神経を鍛えるという順番です。

実はその整理できていない状態で問題を解くのが早くなってしまう子もいます。以前は算数が得意だったのに急にできなくなったというパターンでこういうケースを見かける場合があります。

その中には問題を読む習慣がきちんと出来ていない場合もあります。算数を感覚的にパズルのようにスラスラ解いていた時期があったため、そのまま5年生6年生になっていくと読み落としのようなケアレスミスを連発して気づいたらかなり成績が下がっているというような具合です。

「注意深く読めって言っているのにいつまでたってもなおらないです」なんて悩みを打ち明けられる場合もありますが、本質的には「そもそも読解できていない」場合が多いです。

算数は国語が得意なほうが絶対に有利です。そうでないといま話したようなケースに陥りやすいし、体系立てたり整理したりというのができない場合が多いです。


テストなおしなどをするとつくづく思います。学習したことを頭に落ち着かせることがとても重要だなと痛感するわけです。

もう少しつながりということについて話してみたいと思います。


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10月24日 朝日新聞掲載問題 答えと解説



条件整理の要素を含んでいるので闇雲に探しつつもその過程で流れがつかめたら実戦力としては申し分ないと思います。

(1)
A君とB君の赤の鉛筆の本数が同じだということは二人の赤の鉛筆の和が偶数になるということです。これはどんな数であっても二人分なので必ず二で割り切れます。またB君の鉛筆の青の本数は赤の二倍なのでB君の青の鉛筆も偶数になります。するとA君の赤の鉛筆の本数、B君の赤の鉛筆の本数、B君の青の鉛筆の本数のいずれかが定まれば他の二つの値もおのずと定まります。
例えばB君の青の鉛筆の本数が最も少ない2本の時、A君とB君の赤の本数はそれぞれ28-2=26本となります。またA君の青の鉛筆の本数は1本となります。
と、言う風にですね、B君の青の本数が決まることで他もすべて定まります。
これはB君の青の鉛筆が4本、6本、・・・・24本、26本まで、それぞれ一通りに定まります。
B君は2本から26本とそれぞれ一通りずつなので全部で13通りとなります。

答え 13

(2)
(1)での発想を利用してみるとB君の緑の鉛筆の本数は3の倍数となります。
借りに緑の本数が最少の3本の場合、B君の赤と青の鉛筆の本数の和は21-3本=18本となります。ここで(1)の問題を解いた過程を利用します。先ほどは赤と青の本数の和は28本でした。そのとき2本から26本と13通り作ることができます。今回は、18本です。するとB君の青の本数が2本から16本と8通り作ることができます。そのまま緑の本数を6本、9本、12本、15本、18本と増やした場合で考えるとそれぞれ7通り、5通り、4通り、2通り、1通りとなっていきます。それぞれの減り方に規則がないので早とちりしないように気をつけましょう。ここ、難しいところですね。この人ひねりが意外に正答率を下げそうなんですが、どうなんでしょうか

答え 27


この学校の解答用紙はおかしいですよね、数字一つに対してマスが一つが用意されているので答えの桁数や、小数か分数か分かってしまいます。「いまの時代よくこんな解答用紙」なんて思っちゃいます。

ちなみにこの学校の算数の過去問は総復習や、実力確認に使えるんじゃないかなと思います。塾の授業でも使用することは比較的多いんじゃないでしょうか。11月ごろなのでこういう各単元まんべんなく出題されている問題は志望校でなくともいろいろ使い道があると思います。


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プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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