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失敗学・・・。

AERAでの記事のタイトルが「桜蔭の『大学受験失敗学』」とありタイトルからネガティブオーラ満載で読む前から若干気が重たかったです、はい。

読まずともタイトルだけで大体想像がつくかと思います。名門最難関中学に入学しても大学受験でうまくいかないこともあるよ、ということですね。

ただ具体的な内容までは知らない人というのは少なくないと思うので、それがいかなるものなのかいろいろ感じてもらえたらと思います。
実際に読んだ方は虚無感と言えばいいのか徒労感と言えばいいのか、はたまた単純に「大変だなあ」とか、「想像できない世界だなあ」とか、いろいろな感想を持たれた方は多いと思います。いずれにせよ人をいい気分にさせる内容ではないことは確かだと思います。
保護者であれば気が重くなるような話でしょう。

しかし桜蔭の話といえども「それは上位の話」と人ごとではありません。中学受験に臨む、臨もうと考えている人間は一度目を通しておいて損はないかなと思います。

さて簡単に学校紹介。
桜蔭という学校は中学受験をする人間であればたぶん聞いたことがない人はいないと思います。
女子の最難関中です。御三家として女子学院、ふた葉と並んでいますが男子の開成同様、実質女子御三家のトップです。
2010年は東大入試で卒業生235人中54人が現役合格したというとんでもない実績を誇る学校でして、うち最難関の理Ⅲ医学部に8人合格。今年度は定員100人中20人が女子だったようで実にその4割を桜蔭生が占めます。(以前東大と医学部の話をしたことがありますが、知り合いいわく東大に合格することと、理Ⅲに合格するということは全くの別次元だそうです。)
中学受験時の偏差値以上に、東大合格実績という点のみに焦点を当てたら女子学院、ふた葉とは頭二つ以上飛び抜けているといっても言い過ぎではないでしょう。ダントツです。

最近は慶応中等部が三日に受験日を移してから、いよいよこの学校が偏差値においても中学受験トップとなりつつあります。

さてそんな桜蔭ですが、では235人-54人=181名のその後の進路はどうなったのか?こちらん部分に焦点を当てたのが今回の記事です。

記事の冒頭、とある母親が中3になってすぐの春に自宅に送られてきた成績表を見てびっくり。
ただびっくりしたのが成績ではなく出席日数、しかもそれは学校ではなく塾の欠席美を発見してとのこと。いやあ、驚きです。

どういうことか?
桜蔭といえども学校の授業だけでなく塾にも通うのが常識というような風潮はあるようです。その塾というのが有名中高一貫校の生徒ばかりを集め東大、医学部受験を専門としたところで、たとえば数学は中学1年間で通常の中学3年までを終えるそうです。

娘はそこの塾での欠席が親にばれて怒られたということです。そしてその原因が塾の宿題がこなしきれず、サボったとのこと。
宿題はこなしきれない→塾には行きづらい、かといってサボる勇気もなく仕方なくマックで時間をつぶしていたという何ともかわいそうな話です。

塾の宿題ができず家にも帰れずマックで時間をつぶす・・・いずれ欠席はばれるのにそれを親に話せないどうしようもない孤独感は僕にはちょっと重すぎです(汗)
せめて化粧でもして渋谷の街へ繰り出すなんていう方法でも知っていればこんな風に追い詰められることもなかったんじゃないかと思うのですよ。

いやいや、冗談じゃなくてですよ。

桜蔭に入学できるというのはどれくらいの学力か、なかなか想像できないとは思いますが、まあとんでもないレベルなわけです。AERAにも書いてあるように小6から受験塾に通い合格できる人もいますが
(知り合いでもいました・・・・)、しかし多くの子供が小学生時代にとんでもない時間数を勉強にかけてなおかつタイミングや運や相性も重なって合格するわけです。

しかしそれはあくまで始まりなんですね。

「当然東大志望で桜蔭に入学したのだろうけど、東大に入りたいのであれば塾に通うのが当たり前」そんな雰囲気がぷんぷんしている中、「うちの子は塾に通わせない」というのはなかなか難しいんでしょう。また親としてもここまで頑張れた娘なんだから今後も塾と学校を併用しても大丈夫であろうという考えで通塾させる人が多いのでしょうか。というか知りませんが大半の親は東大に入ってほしいと願っているんじゃないでしょうか。

記事に紹介されている母娘は見事に打ちのめされたわけです。現実問題その塾のめちゃくちゃなペースについていけるのはさらに一部の上位生だけで、なかには専門の家庭教師をつけるケースも多いようです。
しかし塾も学校もどちらも成績が振るわない子どもは少なくないようです。

この母親は中2の学校での保護者面談で「塾はやめさせてください」とはっきり言われたそうで。しかし

~娘もやめたいと言っていたし、負担が大きいのは分かっていた。でも、簡単にやめさせていいのか、躊躇した。迷った末、英語だけ続けることにしたが、学校の成績はさらに低迷した。~  

AERA2010 4.26 32頁から

そして成績を持ち直したのが冒頭に出てきた欠席事件を契機に中3の1学期途中で塾をやめてからだったそうです。 その後は家庭教師をつけたり、高校からは別の予備校にも通ったそうですが最終的には通信教材などで「自習」する方法に切り替えたそうです。

現役突破はかなわなかったそうです。

さてここの母娘の中高6年間の総支出がざっと載っていました。

学校538万円、塾、予備校など326万円 家庭教師178万円

本来、難関大学に入りやすくするために最難関校に通わせたにもかかわらず学校以外での費用が500万円近くと約半分を占めていた現実に何とも言えない気分になるのは僕だけでしょうか。

この母親はもっと学校の授業を大切にすれば良かったと後悔しているそうです。

これは本当に難しい問題ですね、桜蔭でなくとも多くの難関進学校が抱える問題でしょう。学校はこれらにどう対処すべきか明確な方針を立てることが必要なんだなと感じました。
「塾はやめさせろ」と言われても、安心してやめることができなかった親がいたという事実は何とか改善、修正していかなくてはいけない問題ですね。
結局子供はダブルスクールに振り回されてボロボロになってしまった、そういう印象を持ちました。

そしてほかケースも紹介されています。
次に紹介する体験談や考えは難関校に通う人間にとって一つの答えや、うまく過ごすためのヒントとなるようなことが隠されているように思います。

次回、続けて取り上げてみます。


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死にそうでした

ここ二日間体調が絶不調でした。昨日はなぜか電車酔いなのか、
乗車中に猛烈な吐き気に襲われかなり大変なことになりました。
電車を何度か乗り換えるのですが、一本目でかなり気分が悪くなり、
少し歩いてよくなったので次の乗り換えの電車の急行に乗って帰ろうとしたのですが
最後の一本でとんでもないことになりました。
10分近くドアがあかないのですが後半5分くらいはすさまじい形相で乗っていたと思います。
下車してもしばらく動けずベンチに座る気力すらなく
近くにあった柱を支えるコンクリートの出っ張り部分に腰掛けていました。

あれじゃはたから見たら完璧酔っぱらいです。

まあ電車酔いという意味では遠からずという感じです。

ええ、酔ってましたよ完全に。
どうもすいませんね、そんな目で見ないで下さいよ。
いいんですか?何ならぶちまけてもいいんですよ?

などと考える余裕もなくただひたすらぐったりしていました。



しかもたったの10分程度ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗っただけで大量の汗でした。
うーん新しいダイエット法か?これ。


しかし原因がわからない分、何とも嫌な体調不良です。
強いてあげれば前日の睡眠不足・・・。しかし徹夜しているわけではないし。
まあ体は強いほうではないので、何かあったんでしょう。

皆さん健康には気をつけましょう。


ええ、前回の記事から関係ない話が続いていますが次回は受験の話に戻りたいと思います。
なかなか先へ進まずすいません。
AERAに書いてあったのは桜蔭生の大学受験の話と、早期教育についてです。順に触れていこうかと思います。

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今月の宣伝

ええ、最近は毎月恒例となりました。
ライブの詳細です。


2010/04/25(日)@四谷天窓「HAPPY HOUR」
12:30 open/13:00 start/\1,000-
(1drink別)
(12:30~13:30にご入場のお客様は2杯目以降ソフトドリンク飲み放題!)
出演:O[ou]/安間友昭/ことり/shu
※4組中4番目で14:45~15:15

またまた最後です。
日曜日の昼下がりです、ええ、どうでしょうか、お時間ある方はぜひぜひ来てください。

先月も貼っておきましたが、動画をまたリンクしておきます。

daybreak

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説教 その2

 

ぼくが子供に説教する時というのは僕の中ではかなり最悪な状況なわけです。つまり親がいまいち僕の考えが伝わっていなかったり理解してもらわなかったりしている場合がほとんどだからです。だから最終手段として子供に向かって先々のことを話していかなくてはならない、ピンとこない内容も多い割に伝えなくてはいけないことがたくさん出てくるのでまあ疲れるわけです。

僕の中では「この家に家庭教師に来る意味がないんじゃないか」と思ってしまうことがしばしばあったとしても、「とっとと自分をクビにしてください」ともなかなか言える勇気もないのです。
子供に直接何かを言わなくてはいけない状況というのは何とも不毛な時間を過ごしている気になるのです。

その家に関わる以上は自分なりに精いっぱい勤めたいし、すこしでも役に立たなくてはいけないなあと、考えるわけなんです。

場合によっては暇つぶしで終わってしまいそうな2時間というのがすごい嫌なわけでして、せめて少しでもいいからその子なりに前進してほしい、前進させなくてはいけない。そのために今何ができるかと、知恵を絞って奮闘するわけなんです。

それでも本人の気持ちに変化もなくに無残にも敗北を喫することは往々にしてあるわけです。
やる気がないだけでなく、受験生として孤立している子供の指導というのは無力感に駆られるだけでなく其の子の人生というものを考えるとあまりにも不憫でしょうがない、そう感じることもあるわけです。

今回例に挙げているご家庭は典型的な型から入る保護者です。おそらく早期教育にも関心を持っていたでしょうし、様々なことを試行錯誤してきたに違いありません。その様子が容易に想像できるくらい様々なものが散乱しています。

散乱と書きましたが・・・正直、きれい(整理整頓)にしている家とは呼べません。もちろん家の汚い奇麗は個人の自由ですのでそのことに関しては何も言いません。

ただですね、勉強に関するものも同等の扱いでは勉強に支障をきたすということは、明らかだと思います。
階段の途中にテキストが置いてあり、廊下の隅には解答が転がっていたり、部屋に行っても本棚から必要なテキストを一冊抜こうとしたら雪崩の如く様々なものが落ちてきて学校のものやらカードゲームやら全部混ざった状態でそれの仕分けだけでも優に10分20分かかる状態だったり・・・。
そんなことまで書かなくてもと思うかもしれませんが状況としてどういう環境なのかを伝わるように書いてみました。

つまり勉強以外のものも、そのような感じで目につく形になっているわけです。
すると少なからず教育に関心があったもしくは高いということは想像できる、それが言いたかったわけです。


家庭教師ではその日にどんな指導をしたか、何らかの形で残すのが一般的なのですが、これは当然重要な紙になります。たとえば宿題の範囲などを書く場合もあります。また場合によってはこれをもとに次回までに修正できる点は修正していかなくてはいけません。

そういう紙を用意しなくとも保護者に直接伝えることで「じゃあこれからどうしよう」ということを簡単に話したりする場合もあります。

いずれにせよ、家庭教師が「来てわからない問題を教える」だけで済むような優秀な生徒はまれで大抵はほかにも様々な課題があってそれをどうにかしたい、どうにかしようってことでその家に訪れるわけです。最終的には「わからない問題を教える」だけにたどりつくのが理想でしょうか。わからない問題も自分自身で克服できる方法を見つけたら、もう全く必要性はないかもしれません。(自分で分からない問題を解決する時間を短縮するために家庭教師を利用するというのも一つの手段ですが)


特に小学生であれば本人以外の家庭でのパイプ役は大変重要な役割です。原則として成績が低ければ低いほどその重要性は比例して高まるのが一般的です。

ここの家ではインターホンで親が出ることはほとんどありません。
人の出入りが激しく、よく親戚(?)などが来ているようです。インターホンには本人が出たり、兄弟が出たり、そして全く素性のわからない(いや、たぶん親戚)が出たりとまあ、ドラえもんのポケット張りに様々な人がオンパレードなわけです。

ここがまた不思議なのですがお母さんがいないかと思いきやそうではないようです。
必ず指導時間の半分を過ぎるころになるとお茶を持ってきてくれるわけでその時は必ずお母さんなのです。しかしまた指導終了後になるとお母さんはどこにいるかわからず大体子供が台所やらどこか探しに行きます。それでまあその日のことを簡単に話して終わるわけです。

そして帰りのあいさつは少し違和感を感じるくらい丁寧なわけです。
来たときに玄関先にいることはまずないのですが、帰りも玄関先にいないというのならわかるんですけど、最初は必ずいなくて(家にいるのに)帰りは必ずあいさつに来るという感覚が、・・・まあなんとなく妙だなと感じたわけです。まあこれはこれで不思議だなという感じがしただけなのですが。
あれは・・おそらくお母さんの中での失敗だったと思うのです。


いつものように玄関から上がり部屋に行くとテキストをなにも用意していないので「じゃあこれから00やろう」ということでテキストを出してもらおうとしたところ指定したテキストが見つかりません。なのでほかの部屋に探しに行ってもらいました。そしたらすごい剣幕でどなり声が聞こえるわけです、そして階段をバタバタと走る音が聞こえるのですがその間も罵声と何か叩いている音が・・・そして最後には母親が「何暴力振るうのよ!そんなことしてもいいと思ってるの?その手を離しなさい!!!」どんだけ階段の上でバトルしてんでしょうか・・・。

・・・と、思ったらすさまじい勢いでドアが開きます。
「テキストないわけないでしょう?早く探しなさい!」と相変わらずお母さんからは聞いたこともないような大きい声でどなり続けます。
僕が座っている椅子はいわゆる書斎でお父さんが座りそうな背もたれがとても大きい椅子です。後ろから見たくらいじゃすっぽり僕は覆われているので、一見すると人の気配がしないのかもしれません。ドアは僕からしたら右方向に座っていましたが、僕はドアと反対方向を向いて座っていたので視界に入らなかったのかもしれません。

そして机の本棚の上をあさろうとお母さんがまえに一歩進んだ時ようやく僕の存在に気が付き「あっ!!!」と一言。

「あ、もう、そんな時間ですね、こんにちは」とかなり焦っています。どうやら今僕がこの家にいることに気がついたようです。
そして性質の悪いことに子供は横でずっとニヤニヤしています。この子は階段でお母さんと喧嘩しているときから何を考えていたのでしょう。僕が来ていることをあえて言わなかったのかどうか、どうなんでしょうね。もともと口数の少ない子なのでただしゃべらなかっただけかもしれない。しかし僕の存在に驚いたお母さんに対して間違いなく笑っていたのは印象的でした。

指導中は5分もするといねむりモードで、一応眠っていることをさとられないよう(明らかにわかりますが)頬杖したり一生懸命背中をこちらに向けます。開始早々トイレに行くといって15分近く出てこなかったり、先程の話にも戻りますがこちらが指定したテキストが見当たらないと探すのをやめて椅子に座ったまま何故かその場でずっと無言・・・。
「ないの?」
「いやあ、ちょっと・・・」
「『ちょっと』何?ないならほかに思い当たる場所を探して、それでもないなら、ないって教えてよ。」(黙って座るということが「ありません」という合図なんでしょうか)
とまあこんな具合です。

じゃあ、今回なんで説教をしたか。

線分図を書かせる、とある和と差の問題を解説した後に類題を解かせたところ、線を二本書いていきよいよく書いた後に適当な数字をぱっぱと書き、その状態で中断するわけなんです。そしてずっとチラチラこちらを見ているわけなんです・・・・。同じものを書いては消して書いては消して。

僕ははっきり言ってこういう行為には腹が立ちます。解けない、分からないというのではなく解く意思がないばかりか適当に線を書いて考えている風に見せて、時間が過ぎていくのをひたすら待っている状態です。

最近の実力テストの偏差値の二倍をとっても志望校に受からないかもしれない、しかし父親はその学校じゃなきゃだめだと本命一本、併願校は全くなし。
母親は家庭教師がきたこともわからないのに早期教育の本はいたるところに山積み。
当の本人は「受験をして『いい学校』へ行かないやつはだめな社会人だから」とおとなしい顔してとんでもないことを真顔で言います。(ふざけて言う子はいますけど)
こういう子は不憫で仕方がない、と僕は思うのです。本人だけの問題ではないですからね。

早期教育の本を読む暇があるのなら四六時中子供を罵倒しないで少しでも本人と向き合ったらいいと思うわけです。ぐずだのろまだ、勉強しないなんていう前に、子供が何しているかもさっぱり理解しようともしないで返却された数字だけ見てののしる前にもっと本人の日常生活を目を向ければいいと思います。

どんなに帰りのあいさつをきちんとしても様々なところでその生きざまがにじみ出ています。僕はそれに気がつかないほど鈍感でもないです。いや、誰でも気がつくことだと思いますよ。

僕は説教する時には、子供には決まり文句のように「やめたければ辞めればいい」という言葉を言います。受験をやめたくてもやめられないような状況を周りの大人が作って、その中で生きている子供にこういう言葉を使うのは気の毒ですが、ただ少なくとも人のいる前で無駄に時間が過ぎていくように小細工をしたり、ごまかして生きるくらいならなんとか自分の意思で物事を考えられる人間に少しでもなってほしいと思うわけです。

はっきり言いますね、子供には。
「そういう生き方は君の人生にとっていいことは何もないと思うよ、やる気がなくて君の考えている志望校にうかるほど甘くはないよ。小学校生活はまだ10カ月あるから勉強やめて、他に好きなことをやるほうが充実しているかもしれない。」
ひょっとしたら受験をやめるなんていったら「じゃあ中学の学費は自分で払いなさい」とか「もうお小遣いはあげないから」とか言い出すかもしれない。その大人の脅し文句に屈するか、自分の考えを確立させることか出来るか、そこまで考慮しないで辞めればいいなんて無責任かもしれません。

ただ少なくとも今の状況は非常によろしくないということだけは分かります。
その家の家族全員に悪影響を及ぼしていると思います。

厳しい言い方ですが、両親の考えは型にこだわった中身のない教育だと思います。
もちろんそういう生き方で人生をうまく終えることができる人もいるかもしれません。
しかしまた一方で、そういう考えであれば自分を雇ってほしくないというのは、これはこれで僕個人の考えです。

AERAで面白い記事がのっていました、読んだ方もたくさんいるかもしれません。

関連して話したいことがあるので、この更新ペースではいささか時間がかかるかもしれませんが順次触れていこうかなと思います。


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説教

学力の差っていうのはどこから生じるでしょうかね。
僕は目に見えた偏差値での差よりも意識の問題や取り組む姿勢に差があるんじゃないかと思います。

たとえ偏差値が低くても「頑張ろう」「成績を伸ばしたい」という気持ちがあれば成績はまず間違いなく伸びていくからです。

伸び方に差はあれど、それでも最終的には、結果から振り返ってみたら大した差ではないな、と思います。仮に小学生の時点で差は埋まらなくとも中学、高校、大学そして社会人と続いていく過程でほとんどのケースにおいて埋められない差ではないと思います。

受験は相対的な評価を無視することはできませんが、そうはいってもまずは自分自身が「昨日よりも今日」「今日よりも明日」少しでもいいから成長していくことが重要だと思います。

どんな上位の生徒でもその積み重ねなんですね。才能があるとか、遺伝的な要素でスタートラインの時点で人よりすぐれているというわけではないと思います。生まれてきた瞬間から人は学ぶことを始めているわけですが五体満足で生まれたのであればその時点でのスタートラインでの差というのはあっても非常に微々たるものです。
好き嫌いでのその後の伸びに影響したり、中学受験を始める小学生になり塾に通う頃になるとずいぶんと差が付いていることはあると思います。(それでもその後の人生の長さを考えれば決して大きな差はないですが)

さて、なんでこんな話をしたかというと先日子供に説教をしました。
説教なんていうとずいぶん古めかしい言い方というか、何か自分がなんでもわかっている風な雰囲気になるので正直あまり好きじゃないです。そもそも説教そのものも労力を使うのでできればしたくないです。

しかしまあしなきゃいかん時もあるわけでして。
親が聞く耳を持つケースであれば、まずは親に話すというのが大事なことだと考えています。

じゃあ話したからってすぐに好転することもあればそうでない場合もあります。当然のことながら。それでも何度も同じことを話していくことで少しずつ悪習慣が改善されて数カ月も経過すればずいぶんと変化している場合もあります。

子供を先に注意するということは手法としてほとんどしないです。
子供のゆがみは表面的な部分を修正してもすぐ再発するだろうし、また余計なおしにくくなると思います。

子供への説教というのは、とにかくしんどいです。

ところで・・・。

人が家に上がり指導するというエネルギーは、たとえば本を読んでそのメソッドを学ぶエネルギーとは比較できないんじゃないかなと思います。

僕は家庭教師の一つの役目として指導するということだけではなく、
その家にあがるその行為そのものに意味があるんじゃないかなと思います。

いいかえれば人が家に上がるということの意味をきちんと理解できていないと家庭教師はその家に上がる必要性が低くなると思います。わからない問題を、勉強を教えるだけならネットがこれだけ充実したご時世ネットテレビやらネットサーフィンで手軽にできます。もちろん参考書だってたくさんあります。
抽象的な表現でうまく言えないのですが家にあがる効果というのは様々あると思います。
そういうのではどうしてもカバーできない部分というのでしょうか。
もちろんその部分が自分たちでどうにかできるのであればそれに越したことはないし、
そういう人は参考書と家庭教師の違いがわからなくても問題ないと思います。

昔は演歌の世界では(師匠の家に弟子が住み込みで働く)というようなことが行われていたらしいですが、この仕事をするようになりその「住み込み」ということの重要性に少し理解できるようになった気がします。

それは塾のテキストにも通じるものがあると思います

今はネットで非売品の塾のテキストを手に入れるのは非常に容易になりました。
「00塾ではどういうものを使用しているのか参考程度に見てみたい」というくらいの気持ちで購入するならわかりますが、それを購入することでただ単純に塾に通う費用を浮かせようと思うのであれば、それはなかなか難しいんじゃないかと思います。よほどの熟練者でなければ、もしくは保護者が気合を入れて勉強する覚悟がないと効果的に活用するのは難しいと思うのです。

その塾に通ってみて初めてその塾のテキスト効果が発揮できるんじゃないかなと、考えているわけなんです。
そうじゃない場合もあるかもしれませんが、再三話してきたようにサピのデイリーサポートなどは、塾に通っていない者が購入してもまず扱いに困ると思います。あのテキストが一番いい例ですね。一方日能研の本科教室であれば解説が丁寧に記載されているので頑張れば家でも扱えると思います。


ええ、と、なんでこんな話をしているんだっけ・・・・また脱線してしまった。

ああ、そうです説教です、説教。

いろいろと思うことがあったり考えたりするとすぐに話が他に枝分かれしてしますんです。
家庭教師にしろ、塾にしろその効能を考えてほしいと思うことがあるわけです。
転塾すれば、担当の先生を変えれば改善するのあれば簡単な話です。
それでも変わらない場合はまた違うことを考えなくてはいけないです、そう思います。

いや、僕かなりプレゼン能力が極めて低いですね。ブログだから垂れ流しでも誰にも文句は言われませんが。
いや垂れ流しにするか否か、そこら辺は自己責任ですね。まあ、とかくだらしないわけなので勘弁してください。

ええ、そこそこ言い訳したところで本題は次回にでも話します。


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大変ですね

数日前にネットで知りました。



4月10日3時35分配信 読売新聞

〰〰

 有名進学塾「希(のぞみ)学園」(本部・大阪市淀川区)が、ライバルの進学塾「浜学園」(本部・兵庫県西宮市)作成の灘中学受験生向けテスト問題を盗用していたことがわかった。

 希学園は盗用を認めて浜学園に謝罪し、「二度とこのような問題を起こさぬよう、体質改善に全力で取り組みたい」としている。

 関係者によると、盗用されたのは、浜学園が2008年度に作成・使用した「小6合否判定テスト」と「灘中オープン模試」の理科。希学園は09年度、全問または一部の問題をテストに使用していたという。両塾に掛け持ちで通う児童の指摘で発覚。浜学園が「著作権侵害にあたる」と主張し、希学園は今年3月25日付でホームページにおわび文を掲載した。

 希学園は、浜学園の元学園長らが1992年に開設。両塾は難関校の合格実績を競い合っており、今春の灘中合格者数は、浜学園が82人、希学園が46人だった。

〰〰

こちらです



これは、びっくりです。思わず取り上げてしまいました。
発覚のきっかけが両方の塾を掛け持ちしていた子供からの指摘だったとか・・・。関西でも掛け持ちは当たり前なんですね(汗)
希学園は関東にも進出しています。開設の経緯はまるでサピを彷彿させます。いずれ浜学園を超えてしまうんでしょうか。

今回の事件はおそらく大きく信用を落とすんじゃないでしょうか。
二つの試験で発覚したということは、まあ・・・今回だけとは考えにくいですね。

ところで、今回の件はおいといて、盗用になるか否かは微妙な問題なんじゃないかなと思います。

「00塾のオリジナルテキスト」
と銘打ってありながら市販のテキストの切り貼りしてあるだけなんてのを見たことあります。

また予習シリーズは多くの塾で使用されています。
それをそのまま使うならまだしもほぼそっくりさんのテキストがかなり一般的に使用されている場合だってありますね。
早稲アカのように予習シリーズと併用してw-basicがあるのは「あくまで副教材です」というニュアンスがあるので悪意のようなものは感じませんが、オリジナルと言いながら、ほかのテキスト切り貼りしてるだけじゃ、あまり感じがいいとはいえないと思います。

最近見かけたのがサピのテキストを使用する小さい塾です。
サピのテキストはかなり大きく「非売品」と書いてありますが、個人塾のように小さいところでは使用しているところも少なくないように思います。それにオークションなどでは簡単に手に入りますからね。Youtube並みに規制するのは難しいでしょう。
そもそもサピだって元々のオリジナルは・・・ねえ、って話になりますし。

塾の規模が小さいうちは影響力も大きくないのでいいのかもしれません、第一通わせる側はおそらくあまり気にしないような気がするんですけどね、著作権の問題の当事者ではないので子供の学力さえ伸びてくれればそれでも構わない、という人はいるんじゃないでしょうか。

今回の事件で驚いたのは「通っている子供からの指摘」という点です。
事件そのものというよりニュースになった経緯です。

普通は「指摘はしない」ような気がするのです。

よっぽど授業の質が低くてただの真似にしか映らなかったのか、わざわざ掛け持ちしてまで通っている塾のオリジナリティのなさに裏切られたという思いが強かったのか。
それとも純粋な正義感からなのか、詳しいことは現場でみてみないことにはわかりませんね。

ただこれがニュースになるということは・・・。
テキストレベルで同様のことは見かけるので厳密にルール違反、すなわち著作権の侵害をしているものをあぶりだしたらすごい数になるんじゃないかなと、そんな気がしました。

ただ、繰り返しになりますが公にニュースになったということは信用問題に少なからず影響するんじゃないかなと思います。

希学園たいへんですね。

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脱ゆとり その2


教科書のページを増やした理由は当然のことながら学力向上を目指してのことなのですが今回の策がうまくいくのかどうか専門家の意見が書いてありました。

何の専門家かというと、学力低下論争を繰り広げてきて、国際学力調査の分析や子供の算数・数学力を調べてきた人らしいです。

今回の教科書について「基礎基本の習得と、思考力表現力を養うための活動を重視しており、現行よりは一歩前進したが、その分教師や子供たちにこれまで以上に負担がかかるので『学力低下や学力格差に歯止めがかかる』とは簡単に言えない」というのが見解のようです。

詰め込み教育と批判された1960年版よりも今回の教科書のほうがページ数がわずかに多いようです。

授業時間数は6年生において、全体で5%増、算数理科では16%増にとどまるのにもかかわらず教科書のほうは約7割増というのが今回の改定の内容です。

なので一部の単元は未消化に終わったり、はたまた現場の教師の力量が今まで以上に問われることになるのではないか、そういう見方もあるようです。

それを改善する具体案の一つとして「理科の実験は家でもできるので保護者や家庭の役割も重要だ」と書いてありました。要は家でやれることは家でやれってことですね。確かに意外に大事なことかもしれません。勉強において自主性がない限り教科書を薄く使用が厚く使用が効果はないですからね。


「学力格差が広がるのではないか」という声もありますがこれは僕はあまり心配していません。前回も少し触れましたが、小学校の教科書レベルでの格差を言う前に受験生の格差のほうがはるかにはるかに大きいからです。小学校の教科書レベルであれば本人の気持ち次第で十分挽回できる差異です。しかしながら受験生の特に6年生、偏差値30台の子供が1年かけて60台にもってくなんてのは物理的に不可能に近いです。仮に日常生活のすべてを受験勉強にかけたとしても可能かどうか、少なくとも同じ教室で授業を共に行うのはまず無理でしょう。
ですから格差に関しての心配よりも向上心のある子供には次の段階を用意しておく、というスタンスのほうがいいと思います。いっそのこと飛び級というのも一つの可能性として考えてもいいんじゃないかなと思います。3月生まれと4月生まれによる年齢的な弊害も少しは改善できそうな気がするんですけど、どうなんでしょうか。

脱ゆとりというのは、詰め込み式に戻るのではなく本当の学力を身につける、というのがコンセプトのようですね。全教科において言葉での表現を意識しているそうです。ほかの教科についてもどのような変化があったのか例をあげて具体的に記載されていたのですが、その意図はよく伝わってきます。検定する側も「どうすれば思考力がついて、詰め込みにならないのか」かなり判断に迷ったり四苦八苦してたそうなのですが、そういうのは今後自然と改善されていくのではないかなと思います。

おそらく今回の改定で最もネックになっているのが学力格差よりも「分厚くなった教科書をきちんと扱えるかどうか」ということだと思います。むしろこれが一番重要な課題なんじゃないかと思います。

まず最初の課題は基本的な内容と発展的な内容をどう取り扱うのバランスでしょうね。
私立国立の難関中学に進学を考えている子供たちにとっては、教科書の発展レベルは基礎の基礎になりますし、かといって受験を考えていない子どもたちの中には教科書の基本レベルもおぼつかない子供もいるでしょう。「5年生で九九ができない子どものために」というのも考慮した教科書作りになっているのですから今の小学生高学年の下位の学力がどれくらいのレベルか想像できると思います。

そうなってくるとクラスというのを1単位ではなく、一人一人に対してきめ細かい指導が必要になるだろうし、そのためには少人数指導に変えていかなくてはいけないし授業に対してきちんと準備する時間をより多く確保しなくてはいけないですね。

こんなことが書かれていました。
~~
財政難のなか、国や自治体がどこまで、モノ、金の条件整備を進め、教員や子供たちを支えるのか。今回の教科書はそのことも問うている
~~

朝日新聞3月31日18面 編集委員兼教育担当エディター 氏岡真弓 より抜粋

また最近、仕分けだどうだと騒がしいですが民主党は今後この問題に対してどういう舵取りをするんでしょうか。

子供手当のようにお金をばらまくのも一つの手でしょうが、そもそも教育機関そのものを充実させる、そういうことをすれば結果として教育にかけるお金が少なくて済むのかなと。金を渡して自由に使わせるというより、教育機関を充実させてそれを選択する自由度を上げるというほうが合理的で無駄がなくなるような気がするんですけどね。

まずは新しい教科書でこれから数年どういう変化が生まれるのか、いい方向に向かうといいです。


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脱ゆとり

受験のせいか新年度というのは2月という感覚が抜けないのですがいよいよ学校も新学期新学年です。

・・・「脱ゆとり」だそうで。


小学校の勉強は受験とレベルが(次元が)違うので普段使うこともないですし拝見することもほとんどないですが、この脱ゆとりの話題は個人的には関心が高いです。


数日前の新聞の1面に書かれていました。

教科書の内容をゆとり教育全盛期に比べて大幅に増やすそうです。
算数理科は04年に検定合格した現行教科書に比べてページ数が算数33%、理科37%、増加するようで全体では25%増だそうです。
01年のに検定合格した教科書と比較すると算数理科共に67%、国語算数理科社会でみると50%、全教科では43%だそうです。

改めてその数字をみるとずいぶんと削減されていたのだなあと感じます。

なんでも教科書検定というのがあるそうです。
まあ、要はその本が教科書に値するかを審査するものらしいのですが、ほぼ4年に1度行われ、また10年に1度の学習指導要領改訂の際にも実施されるそうです。
この10年の動きをみるとずいぶんとあわただしく方針が変化しているようです。

01年には教える内容を3割減らした学習指導要領の改訂に伴い、検定に合格した版から内容が大幅に削減され、02年には検定基準が変更し指導要領を超える発展的内容の記述が認められて分量増加。そして08年には「脱ゆとり」で改訂された指導要領によってさらにページ増が図られたとかなんとか・・・。

じゃあ中身がどう変わったのか、小学校の教科書について簡単に書かれています。

過去に習った内容を折々に復習する記述があるようで、たとえば算数では末尾に以前に学んだ単元の問題が多く掲載されるようになったそうです。それと範囲を超えた発展的内容も随所に盛り込まれるようになったとか。

まあ、ごくごく当たり前の基本的なことのようです。

僕はゆとり教育の教科書を見たことはありますが、さすがにひどい内容だと感じた記憶があります。
一度教科書から消えた台形の公式は04年の検定を通った教科書では発展的内容として復活、さらに今回は5年算数の全社の教科書に掲載されたそうです。

台形の公式を習わないってのはすごいですね。

そもそも台形の公式をなくしたり、発展内容にしたり、ほかの面積の公式と区別することがあまりピンとこないです。一揆にまとめて学習したほうがよけい混乱しない気もするんですけどね。

・・・・ゆとりの意味がわからないです。

どうしても受験指導をしているとですね、教科書レベルでゆとりも詰め込みもあるかと突っ込みたくなります。

あとは近年受験でも言われていることですが「知識の暗記」だけにとどまらず思考力を身につけることを意識した教科書作りになっているそうで、たとえば子供たちが自分で調べたものを文章にまとめ、教室で発表するように構成する内容が強化を問わず盛り込まれたそうです。
どういう内容なんでしょうか、興味あります。

国際的にも日本の平均学力が下がっていることは何度か耳にしたことがありますし、順位では明らかに下がっています。これ以上低下しないよう、そして再び上げていくために教科書ではこの10年間ずいぶん試行錯誤がなされていますね。

思うことはあるのですが、個人的な感想は置いといて、ほかに関連記事があるので今回の改訂に関してはどのように受け取られていているのか、その点についても触れてみようかなと思います。


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朝日新聞掲載問題 2010年3月27日 答えと解説

前回の問題の解説です。

単元としては速さと比の問題です。線分図を描くと、同じ距離においてそれぞれがどれだけの時間をかけて進んだのかがわかり、それをもとにして解いていきます。

んが・・・・この手の問題を経験していたり、よほど応用力のある子供でないと数分で解くのは難しいんじゃないかなと思います。

~~

二人が出会うまでにかかる時間を①とします。出会ってから25分後に太郎君は着き、次郎君はその24分後、つまり25+24=49分後に到着します。
同じ距離において速さの比というのは対応しますね。(たとえば10㎞にかかる時間の比が
1:2だったら20kmにかかる時間の比も1:2です。)速さの比で学習する最も基本的な知識です。

この問題では太郎君が①分かかった道のりを次郎君は49分、太郎君が25分かかった道のりを次郎君は①分かかったわけです。すると①:49=25:①という比例式が成り立ちます。

比を習いたての大抵の小学生は「①を何倍すれば25になるんだよ~」って話になりますね。まあその段階の子供はまだまだ解ける必要がないのでこの問題は置いておいていいと思います。

じゃあ、「内項と外項の積の公式」を知っていれば(普通は数学の公式ですが、受験算数のテキストではほぼ間違いなく載っています。倍数変化算と共に学習する場合もあります。)解けるかといえばそこでも躓く子供がいるでしょう。ここでは素因数分解が肝だと思います。

公式に当てはめると①×①=49×25となります。49×25=1225です。
同じ数を二回かけて1225になるものを探してもいいですが(1225÷2とかしないように)49と25ですぐにピンと来る子供ならば素因数分解して終わりです。

つまり①×①=7×7×5×5=(7×5)×(7×5)=35×35となり①が35になることがわかります。(ちなみに1225を素因数数分解しても同じ過程をたどるはずです。)

はい、そうするとですね、太郎君が35分かかる道のりを次郎君が49分、太郎君が25分かかる道のりを太郎君が35分。時間の比が35:49=25:35=5:7になります。
速さの比は時間の比の逆比で7:5となり、太郎君の速さを7とおくと次郎君が5です。
7÷5=1.4となります。

答え1.4倍

~~


速さの問題で「すっきりした文章だが簡単ではない」という点では良問かもしれないし、「受験算数の範疇を超えつつある」という点においては良問とはいえないかもしれません。

この問題は数学ではごく普通に見られる問題です。普通、中学1年生では扱わないでしょう。2年生か3年生だと思います。
中学生では二次方程式を使えばいいです。①をXとおいてX二乗=49×25として移項して因数分解なり、解の公式で解けばいいわけです。やっていることは変わらないようでやはり違うんですね。
そもそも算数では①×①の表現が明確でないのです。(鶴亀、消去など1次式までは学習しますが、2次式までは原則触れないです。扱うのは平方数くらいでしょうか。)
1の○を二重丸にするとかもありますが、じゃあ、なぜそうなるのかという話になると、これは現時点では受験算数を逸脱していると思います。んだから大抵の場合①×①の話はあいまいなままになっていたり□×□として平方数を求める形に持っていったりします。

しかしここら辺になってくると子供それぞれ感性がちがいますので、様々なことに疑問を持つ可能性があります。①×①はどうなるんだとか、□分じゃピンとこないとか・・・。

誰もがさっくり素因数分解の話をしてストンと理解してくれるわけでもないです。(それが天才と秀才の違いと言われたらそれまでですが)というか疑問を持つ子供がおかしいとも思いません、流れからしてそれはそれで自然だと思います。平方数できちんと①が求められるんだ、へえ面白いってみんながみんな、なってくれれば助かるんですが。

おそらく灘を受ける子供たちの学力は上位の中の上位なのでこれくらいはスラスラ解けないといけないんでしょう。僕は灘に受かる子供たちの標準的な算数学力をじかに見たことないんでよくわかりません。
このレベルの問題で「これは小学生にはちょっと・・・」なんていったら関西系の算数講師に「この下手れがあ!!そんな能無し指導者はいらんわボケ!!」とかいわれてフルボッコにされそうです(汗)。

初めてこの手の問題、つまり平方数を利用する問題を見た頃に比べて、今であればこの問題はそれほど違和感なく映るのですが、やはりあらためてみると微妙かなあという気がします。

個人的な見解としては中堅校レベルで出題されたらいい問題とはいえないと思いますが、御三家クラスなら「まあ解ける子供もいるだろうから・・・いいのかな」という感じです。

小学生でも「方程式はある程度扱えて当然」というつもりで出題していくるのか、それとも「これを方程式を使わないで解く柔軟性を見たい」というつもりなのか、その意図は定かではありません。これが「速さの問題を見せかけて素因数分解をうまく使用できるか」というのを見たいのであれば良問といえるし、「方程式使える子もいるだろうし、ちょっとこんなんでもいいかな」という感覚であれば出題は避けたいです。

まあ、でもやっぱり素因数分解を利用した良問ということなんでしょうか。
いろいろふりかえってみると、こういうのは結構ありますしね。
書いているうちにギャアギャア言うほどのことでもないような気がしてきました。

ありかなしか・・・毎日算数の指導をしているせいかよくわからなくなります。


とりあえず、自分の感覚にブレーキをかけるつもりで、この問題を取り上げてみました。


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プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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