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日曜特訓を受けるか否か

〰〰

実はご意見頂きたく書き込みました。
志望校はY52あたりの学校で子供の偏差値はY51くらいです。9月からサピックスでSS特訓が始まります。難関校でもないのに、行く必要があるのでしょうか?効果ありますか?秋からSSが最優先なのでSS取らないと何か言われるのかな、とか子供も「行かないと差がつくんじゃないの?」とか不安そうなので・・・・・。本当は解法講座だけ行きたいのに、セット売りなんですよね。
片方だけ行くのはお金がもったいない気がして・・・・。時間とお金と効果を考えるとどうなんでしょう?

~~

先日いただいたコメントに関して、僕なりの考えを述べようかと思います。
コメントが非公開ではなかったのでそのままもう一度ここに載せておきます。

たぶん同じような悩みを抱えている人は多いだろうし、おそらくサピではこのような悩みを抱える人は今後増えていくんじゃないかなと思います。特に今回のケースでは今の時点で志望校は合格圏内ですし、微妙ですね。

結論から言えばどちらがいいのかは子供の性格次第、校舎の雰囲気、講師の考え方次第、ということになるんじゃないかなと思います。聞いた限りの状況では明確な答えは僕には出せないです。

特に効果があるのかどうか?について。

これは一概には言えません(苦笑)。

どんな授業でも本人次第ですから。言えることは、効果が出ている子供も出ていない子も大勢いるということです。決して効果がないとは言い切れないと思います。

確かに、本来SS講座は最難関を視野に入れた講座でしたので中堅以下の学校を志望する際にはかならずしも必要なものではないです。コース名が複数の学校になっている場合は、傾向が似た学校でまとめているか、もしくは基礎力の向上を目的としたものなので後者の場合は志望校に特化した勉強をするわけではありません。(これはサピに関わらず、日能研、四谷大塚、早稲アカなどでも同様です。)

セット売りの話は二年ほど前でしょうか、触れたことがあります。また最近も訂正を含めて日曜特訓のことは触れました。(記事が複数あるのでリンクは貼りません、2008年9月と、2010年3月です)

確かにどちらか片方を受けたい人間にとっては、セットとなると時間やコストのことが問題になりますね。いっそのこと両方受けないほうが、そう考える人がいてもごくごく自然なことだと思います。

また校舎の講師の考え方も少なからず左右してくると思います。杓子定規で「いや、絶対受けなきゃだめなんだ、理由?そんなばかげたことを聞くのかね、とにかく受けなきゃだめに決まってるでしょ!?」なんてノリの人もいるかもわかりません。
もしくは子供の状況に応じて受けたほうがいいのか否か、臨機応変に適切なアドバイスをしてくれる人もいるでしょう。

また子供が不安になるのではとおっしゃっているように秋になると今以上にもっと「受験なんだ」という雰囲気が出てきて緊張感が高まります。そうした時に「いかない」という選択をする人はまだ少数なので「00君だけ行かないの?」という講師や友達の周囲のプレッシャーで若干肩身の狭い思いをする可能性は否定できません。本人がそんなことは全く気にせず「いや、自分はこうしたいから、これでいいんだ」という風に割り切っていられるなら解法講座だけ通う、もしくは日曜日は塾にかないというのでもいいと思います。

あともうひとつ「特化したことをやるわけではない」と書きましたがかといってかならずしも意味がないというわけではありません。

まだ小学生です、大人のように合理的、生産的に考えられる年ごろではないので塾に行かずにお金をかけなかった分、家でみっちり勉強してくれる、ということはまず期待しないほうがいいと思います。つまり言い方が悪いのですが、安くなった分だけ当然その分学力は伸びない、その可能性のほうが十分高いです。(もしも家できちんと計画立てて、できる子供であればかなり高い学力を身につけている場合がほとんどですし、またそうなったらそうなったで矛盾しているようですがおそらく志望校も変わりSSの授業は大切になります。)


解法講座だけ行くということができないなら(セット売りならば)たとえば今も習い事をしていてそれを継続したい、などそういうケースであれば、そうしたほうがメリハリも出て却ってすべてが効率よくなるかもしれません。

しかし、みんなが5,6時間机に向かっているからあなたも家で5,6時間机に向かって勉強しなさいというのは、なかなか思うようにいかないと思います。

集団授業のメリットは周囲に人がいるということは一つの理由だと思います。(迷惑行為をする子供がいたり、そのクラスの学力そのものがかなり低い場合は逆効果ですが)子供たちにとって受験勉強で知り合う塾の友達との絆は大きいものです。中には今後大学卒業までの友人となるものも出てくるでしょう。

そういう仲間がいる中で勉強するのと、一人自宅にこもって勉強するのでは、性格もありますが集団でいるほうがストレスがたまらず、切磋琢磨できる子供もいるということです。(「塾は楽しいから辞めたくない」と言って本当に遊びにいくだけの場合は別です。)

また、家庭教師や個別指導だったりもしくは親が、2,3時間でも勉強を見てあげて、あとは自由な時間をいくらか確保しておきたいというのであればそれも一つの手ですね。

これらの理由を踏まえて、結論が明確ではないわけです。
今おかれている環境や、子供の状況、塾の環境などを踏まえていくのかいかないのか選択するのがいいと思います。それじゃ意見になってないかもしれませんが、すいません僕が言えることはこれくらいです。

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反復ということ  その2



「難しい問題を解けなくても解説を聞いたり触れることで、それまで難しいと思っていたレベルの低い問題がやさしく感じて解けるようになる。だから基本題を何度も演習する必要はない。」
前回の最後にこのことに触れ、確かに一理あるがこれはこれで重要な点が見逃されていると思う、というところで終わりました。

実際この論理はよくわかります。数学などは進度が速くなればこういうことを想定して進めていかないとどんどん先へ進むことができないんじゃないかなと思います。

しかしぼくがこれは大きな落とし穴があると言ったのは、「理解している」という前提が抜け落ちていると思ったからです。

確かに非常にやさしい問題から解説を聞いて徐々に徐々に難度の高い問題へ進んでいき改めて基本的な問題に戻るった時にとても簡単に感じたり、初めて解いたときとは比べ物にならないくらいスラスラと解けるということはあると思います。

しかしこれはきちんと解説の話が理解できている場合に限ると思います。

きちんと理解できていない場合はやはり反復はとても重要だと思います。

同じ問題をもう一度解いても解けないというのは往々にして理解度が足りないからだと思います。子供の感覚では理解しているつもりでも、その理解度が低い場合はよくあることで本当の意味では理解していないわけです。

反復をする目的としては一度で理解できなかった部分をもう一度解くことでまだ理解していない部分を補充していくためです。少なくとも僕はそういうつもりで指導することがあります。

同じ問題で同じようにバツがついていても、以前よりは前に進んでいることはあります。(全く進歩が見られない場合もあります。)そういうときにさらにその間違えている部分に重きを置きながら話すことで完全に理解したり、もしくは先程以上に理解をしたりすることがあります。
極端な場合では全く同じ解説をもう一度することで、聞いているほうは「先程は聞き逃した」「理解できない」部分が今度は耳に入ってきてより理解度が深まるということもあります。

また理解していたとしてもです。やはり自分の手を動かして途中式を書き、答えまでたどり着く作業というのは必要だと思います。とくに応用問題であれば何度も解きながら型を覚えるかのごとく復習する必要はあると思うのです。
こういう作業は一見その問題しか対応できないように感じるかもしれませんがそんなことはないと思います。何度も繰り返しその問題への理解度が高まり頭の中でクリアにその流れをイメージできるくらいになれば個々の差はあれ応用力もずいぶん付いてきます。

そういう要素を考えると反復はとても重要なことだと思うし、一度解いて解説するだけで先へどんどん進み難しいレベルまで解説することが理解を深めるうえでは非常に効果が低い場合があると思います。
チンプンカンプンなまま話が次の段階が進んでもわからない部分がよけいに増えるだけで、もしくは基礎が盤石でないために変な理解の仕方をしたりして、いわゆる応用が利かない状態になってしまうのだと思います。

中学受験の応用レベルを学習する子供たちの中には、きちんと理解していないがためにテストの点だけで一喜一憂して実はとんでもなく置いていかれていることに気がつかない場合もあります。もしくは漠然とわからないということは自覚しているんだけども、もはや何がどの段階で分からないのか、分かっていないがためにどうやって挽回していけばいいのかまったくもって見失ってしまう場合もあります。

先へどんどん進むというのは理解していないと、子供の負担が大きくなるばかりで早いところ基礎に立ち戻り軌道修正しないと、どんどんひどくなるばかりだと思います。

家庭教師の仕事として、こういう理解できていないまま未消化の部分が膨大になってしまった子供をどうにかするというケースは最も多いかもしれません。
分からないことだけをピックアップして教えるなんていうのは段階としてはかなり高度な法でそして教える法としてはかなり楽な作業です。ほとんどの場合はそこまでの段階に行かないのでやはり反復を重視せざるを得ない状況になります。

また中学生を指導したりすると、こと小学生において反復がいかに重要か痛感します。

これは精神年齢のせいなのか分りませんが、中学生以上の子供相手に小学生と同じような感覚で解説すると非常に物分かりがよく一度聞いたことの定着度も明らかに高いです。ですから中学や高校に進めば「一度聞いたことは理解していれば同じ問題を解く必要はない、応用レベルまでどんどん解説して基本標準レベルを簡単に解けるようにする」という論理が当てはまる部分が多くなるかもしれません。まあ、それでも僕は復習は重視しますが、小学生では尚のことです。

ただしもちろん小学生でも感のいい子、知恵があるというか、考える力の高い子供、考えることが習慣づいている子供であれば、過度な復習や反復は時間の浪費になることもあると思います。たとえば算数の偏差値が日能研、四谷大塚などで平均60以上だったりすれば基本題の反復量を減らし、応用題に触れていくことが重要になると思います。より学力向上させるには「盤石に」という段階ではなくもう一段かあるいは二段階、上の話で進めていかなくてはいけないと思います。

今回「ああ、そうだな」と思ったのは、自分は反復にこだわりすぎていたような気がしたからです。もちろんその年ごとの指導している生徒の学力にもよるのですがここ2,3年反復に以前よりこだわりすぎているのでは、そう感じたからかもしれません。

最近の中学受験算数において難問、奇問が減りいわゆるスタンダードな問題が増えたことや、公式や解法をきちんと頭に入れておくことが合格へのカギになる、そういう学校が増加傾向にあるせいもあるかもしれません。

「基本を何度も復習してきちんと頭に入れる」このことにこだわりすぎて、ひょっとしたら必要のない反復を指導中にしていたらどうしよう、そう考えることも重要なのかなと思いました。
実際単元によるのかもしれませんが、意識して広く浅く取り組むことで、この前とある生徒で明らかに効果が出た、と感じたのです。
まあ、偶然かもしれません。あと二、三回は様子を見ないと実際のところ今回の話のケースに当てはまるのかわかりません。

しかしとにもかくにもです。
反復は大事だとは思うのですが、どこまで復習させるべきなのかもっと個々人に合わせ今まで以上にもっとフレキシブルに変える必要があるなと、そう感じたわけです。

反復については今後も違うアプローチの仕方で話題にすることがあると思います。

今回は、僕の考える反復の重要性と、なぜ一回解いただけではまずい場合があるのか触れてみました。


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反復ということ


勉強に復習が大事なのは言うまでもありませんが、算数においては反復の重要性というのが個々によってずいぶん違うように思います。

① 一度理解してしまえば、その問題は仕組みが理解できているのでしなくていい。

② 同じような問題を何度も解いてきちんと定着させる必要がある。


大きく分けるとこのような二つに分かれるんじゃないかなと思います。
僕は②のタイプです。基礎力をきちんとさせることをとても重視しています。

中学受験生を指導する場合に僕なりの目安というものがありまして大体実力試験で偏差値60弱くらい(日能研、ytレベルで)というのを目標にしています。そのラインに設定することが最も多いです。
偏差値がそれ以上の場合はもちろんそれ以上を目指すのですが、目指すための勉強方法というのを変えていきます。とりあえずその話は今は置いておきます。

60弱というのはですね、大体塾のテキストをみると基本的な内容が理解定着していてケアレスミスがそれほど目立たない状態であれば比較的楽に到達できるレベルだと思うからです。
5年生以下ではまたニュアンスが変わるのですが、6年生であればその週にテキストに掲載されている問題の基礎レベル、量としては全体の問題数の3,4割の内容が理解できていれば十分到達できるレベルということです。

もちろんクラスによって演習する問題レベルが違ったり、配布されるプリントの内容や使用するテキストも違うのが普通です。なので日能研の本科教室、四谷大塚の予習シリーズに早稲アカのW-BAISCサピックスのデイリーサポートといった、メインとなるテキストでのすごい大雑把な目安と捉えてもらえるといいです。個々のテキストに関して細かくいえば違うのですが、とにかく全体的な印象として、個人的には3,4割といった感じだということです。

これは裏を返せば6割以上の人間がその週の単元の基本となる解法や公式がきちんと頭に入っていない、使いこなせていない、本当の意味での理解ができていないということになります。
だからこそ、「わかった」を「解けた、正しい過程で正解できた」という風にしていくことはとても重要なのですね。この部分がスムーズにいかないケースがたくさんあるということです。

6年生になれば上位のクラスが扱う応用問題などは上位2,3割くらいの人間しか触れないし、またそれを理解できている子供となるとさらにその半分以下となるんじゃないでしょうか。
ですから多く見積もっても応用問題と演習する資格のある子供というのは算数の成績が全体の上位1割に入る子供かな、と思います。

志望校のことを考えると「どうしても応用問題を解かなくてはいけない」そのように考える人もいるとは思うのですが、それでも最終的に算数にかける時間を短くしたいのであれば、まずは応用題に一切触れなくても基礎を理解するということは避けて通れない道です。
出来る限り手を広げて多くの問題に触れるよりも、力のないうちは丁寧に何度も基本レベルを反復演習する必要がある、と考えています。
計算演習は繰り返さなくてはスピードも精度も上がりませんが、文章題になるとそれが別の話になるとは、僕は考えていません。やはり継続した反復が必要でそれによって定着していくであろうと思います。

しかしですね、ある親と話していて「ああ、言われてみればそれはそうだな」と思う考えがありました。


それは

「難しい問題を解けなくても解説を聞いたり触れることで、それまで難しいと思っていたレベルの低い問題がやさしく感じて解けるようになる。だから基本題を何度も演習する必要はない。」といったような考えです。

なるほど言われてみれば、と思ったのですが、これはこれで大きな落とし穴があるな、と感じました。

その点について書いてみようかと思います。


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今年の動向は・・・

朝日新聞で東大の合格人数が掲載されていました。
去年だかおととしにも東大の合格人数に触れましたがその時は「地方の公立が盛り返してきて関東首都圏内の私立がやや後退」といったようなことを書いた記憶があります。

しかし今年の合格人数の一覧を見るとどうも私立が再び盛り返したような印象があります。
おもな学校の進学人数を載せておきます。(まだ集計中のところもあるので今後若干の変化はあるかと思います。)
まずは全国の多い順からです。(浪人生も含む)

開成        168
灘         103
筑駒        100
麻布         86
桜蔭         67
聖光学院      65
駒場東邦      61
栄光学園      57
東京学芸大附   54 
海城         49
渋幕         47
岡崎         41
筑波大付      40
日比谷       37
東大寺       37
浅野         36
ラ・サール     36
東海         34
旭丘         32
県立浦和      29

トップ20を見てみますと東京都から9校、神奈川3校、埼玉、千葉からともに1校ずつです。
あとは愛知県3校、兵庫、奈良1校ずつ、そして鹿児島1校。

関東首都圏内からは14校と7割です。
今年は東京の高校から合格したのが前年よりも108人上回ったそうです。
ですから気のせいではなく実際に増えたのですね。
とくに開成は30人増、駒東22人増、日比谷21人増、海城15人増(渋幕も19人増)だというのですからここら辺は顕著な伸びです。

以前の印象ではこのまま地方の公立が伸びてきて首都圏内の私立は盛り返されてくるんじゃないかという雰囲気も無きにしも非ずでしたが私立と公立の力関係はまた戻りつつあるのでしょうか。


ただ、不景気も関係しているのかも知れません。地方から受験してくる人が少なかったといううわさを聞いたことがあります。
慶応や早稲田では東京の高校からの合格者がふえており早慶合格者数が攻玉社118人、開成97人、日比谷61人、海城57人、前年度増となっています。


それにしても日比谷は印象的です。私立の中に混じっても準御三家といっていいくらいの実績を残してます。
あとは西高、国立でしょうか。都内ではこの3校が奮闘しています。
一方ここ数年中高一貫の公立校が乱立しましたが、数年後難関大学の合格者数にどんどん名前を連ねてくるのかどうかですね。

トップ20の下にも都内では上から順に女子学院26、豊島岡24、武蔵24、桐朋21、西20、城北20、攻玉社18、巣鴨16、早稲田16、ふた葉15、国立14、渋渋10、八王子東8、焼星8、お茶の水6、芝6、白百合6、頴名館5と続いています。

ほとんど私立の難関校が占めており、公立は西、国立、東八王子だけとなっています。
中学受験では公立は私立の何倍も倍率が高いですし、まだまだ狭き門という印象がありますが私立優勢の状態が大きく変化しないのであれば倍率も下がり、最悪廃校などもあり得るかもしれません。

来年再来年も大学合格状況は気になるところです。


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今月の宣伝

今月の弾き語りの宣伝です。

2010/05/18(火)@四谷天窓
18:30 OPEN/18:50 START/1,000円
(1DRINK別)
出演:esei(O.A.)/ウラタシンジ/島根美徳/Shu/イシ カワダイスケ/藤村智史

出演予定時間
O.A.を抜かして5組中3番目で、本番は20:10から30分

平日の夜です。今回はいつもよりも少し遅めです。
今回は特にタイトルが付いていませんね。
普通です。(っていつも普通みたいなものですが・・・)

ええ、お時間ある方はぜひいらしてください♪


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早期教育の是非 その2



前回は早期教育の警鐘というか、こういう場合なら、早期教育はよくないということを取り上げてみました。

それも踏まえて、個人的な結論を先に述べておきます。

僕は早期教育にどちらかといえば賛成です。いいことだと思います。前回も再三触れましたが「親の養育態度」がその子にとって適当であれば、早期教育は大変効果的で先々高い人間性を身につけるうえで大きな礎となるのでは、そう考えています。
AEREではほかの教授が、「早期教育がストレスにならずに『親子の触れ合い』に寄与する程度であればいいのでは」このようにも言っています。

しかしまあ、肝心な部分がクリアではないですね。AERA、の記事は。
賛成は賛成なんですが、じゃあどうすれば本当の早期教育となりうるのか、それが難しいところです。

前回触れなかったのですが、そもそも「適切な養育態度、いい親子の関わり」というのは具体的にどういうものなのか、いまいち明確ではありませんでした。というかそれをそもそもどうやって測るのか、所得のようにはっきりとした数字ではないので、これはこれでかなり主観が入るのではないかなと思います。明確な測定方法があるのかもしれませんが、それは書いてなかったと思います。

ですから「お金がすべてじゃないんだ」「早期に投資をしても意味がない」というのに反対する人間がその反証のために「お金ではなく親子の関わり」といっても場合によってはかなり説得力が薄れるようにも思います。
AERAの記事で言っていることは、教育をきちんとするためには「少なくともお金だけでは解決できない」というくらいに認識しておくといいんじゃないでしょうか。


個人的な印象としては早期教育での内容というのは比較的短期間で追いつくことができるのではないか、そういう風に考えています。たとえば中学受験勉強でいえば小学生3,4年生くらいであれば偏差値40の子供が60に到達するのはそれほど難しいことではなく現実的にどういう風にしていけばいいのか見通しが立ちやすいです。ですが、5年生になるとそれまでよりは大変になりますし、6年生になればかなり至難の業だと思います。効率よくかつ継続して質の高い勉強を何カ月もして初めて挽回が可能になるかもしれない、という状態でしょうか。

幼児の早期教育の内容というのは読み書きできるか否か、数字が多少扱えるか否か、このレベルであれば小学生に入ってからでもきちんとやればすぐに追いつく「学習内容」だと思います。


じゃあ、なぜ早期教育にどちらかといえば賛成なのか?

僕は早期教育で身につけるものは「学習内容」そのものではなく「勉強の仕方、物事の考え方、取り組み方」なんじゃないかと思います。

つまり早期教育をして成功しているパターンというのは頭が遺伝的に優れているように「映っている」子供なんじゃないでしょうか、僕はそう感じるのです。

同じ小学6年生でも飲み込みの早い子、もしくは頭の回転が速い子、粘りのある子、応用力の高い子供など様々な長所を持つ子供たちに出会うことはよくあります。

この子たちを見ているとまず思うのが触れてきた書物の読み方の違いです。各々その特徴の理由がわかる優れた本に触れているだけでなく、きちんと理解している、好んで読んできたのだなという印象を受けます。

たとえばたわいのない会話で自分の趣味や知っている事を話すとき、「ああ、だからこの子はこういう考え方ができるんだ」と納得できる場合があるんですね。往々にして本人は無自覚ですが。
良書を持っている子供というのはいます。ですがその本に関して目を輝かせていかに自分がその本が好きかということを話す子というのはその本に対するアプローチの仕方が優れているのだなと、そう感じるわけです。
必ずしも全員が全員、学力において良い成績をとっているわけではありませんが、「ああ、たぶんこの子はこれから伸びるだろうな」とか、そういう予感をさせる瞬間というのがあるのです。

早期教育そのものはすぐに追いつくことのできる内容です。が、そこで考え方をきちんと身につけた子供はその後もほかの同年代の子供とは比較にならないスピードで物事を吸収していくのでは、僕はそう考えているのです。


そういう時期に基盤を充分に作り上げた子供というのは、いざ受験勉強を始めた時に多少時期が遅くてもすぐに挽回できたり、たとえば桜蔭に1年受験勉強をしただけで合格できるのかもしれません。

また必ずしも学力のみが、読み書きや、数字の扱いだけが早期教育というわけでもないと思います。子供が何かに取り組み、何かしらの特技ができれば早期教育は成功したと言えるのかもしれませんね。勉強以外の特技が勉強でいきたり、またその逆もあると思います。


とにもかくにも最初に戻りますが、早期教育というのは親子でお互い関わり合いながらしていくケースが多いので親の養育態度の良しあしというのを見極めるのが難しいように思います。
子供が何かに集中しているときに、遠くから黙って見守るというのも適切な養育態度であったり正しい関わり方である場合もあると思います。
親の欲目ではなく、子供が嫌がっているのかそうでないのか、見極めるのは難しいだろうし、また、時には嫌がってでも厳しく接することのほうが大切な瞬間というのもあるかもしれません。(幼児に至ってはほとんどあり得ないと思いますが)

私立の小学校に通う子供たちの学力やものの考え方というのは平均レベルよりも明らかに高い子が多い印象を受けます。
そうである以上、早期教育を否定する子はできないですね、彼らは間違いなく早期教育を受けてきているのですから。

前回の話題に挙げた桜蔭生も、ほとんどの子供はきっとかなり高い目的意識や向学心を持っているでしょう。

ですが、どんな集団においてもそこでは居心地の悪さを感じる人間(その要因も様々でしょう)は少なからずいるものです。

子供がそういう立場になったときにそれを受け入れてあげる場所というのを提供するのが家庭なんでしょうか。そういう場所があれば、常識的な最難関校や、早期教育というのが性に合わなくてもその人間はまた別の道を切り開くことができるのかなと、そんなようなことを考えています。


今後早期教育で失敗しない親子が少しでも減るように言葉の定義そのものが改善されていけばいいかなと、僕はそう思います。

またこの話題は触れる機会があると思うので今回はこの辺で切り上げます。


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早期教育の是非

現代において重要なテーマであり、多くの議論がなされている事だろうと思います。僕も今後この話題は何度も触れていくことになるかと思います。

今回はたまたまAERAに取り上げられていたということと、中学受験生にとつて早期教育というのは関係性が高いので、いつかは触れておきたい話題だと考えていました。

そもそも人によっては小学生が猛烈に勉強する中学受験そのものを早期教育と位置付ける人もいると思います。今回はどちらかといえばその前の段階に着目しながらそれが中学受験にどういう風につながっているのか個人的な見解も含めて意見を述べてみようかと、そう考えています。

AERAの記事では「早期教育効果は小学生で消える」と、幼少期から子供の教育に時間とお金をかけてきた者にとっては何ともショックなタイトルかもしれません。

結論を先に取り上げてみます。
まず親の年収が高いほど子供学力が高いという文部省の全国学力テストの結果分析。
具体的には年収が1200万円以上では国語算数において正答率が平均よりも10%高く200万円未満では10%低かったようです。

これに対し、お茶の水女子大の発達心理学の内田伸子教授の調査では学力差は「親の所得格差」ではなく「親子の関わり方」が大きく影響していたそうです。

彼女いわく「読み、書き」能力だけを見れば3歳では所得額、教育投資額の多いほうが高いのだが、その差は年齢がすすむにつれて縮まり小学校入学前に消滅したそうです。
しかも教授は20年ほど前に実施した調査で「3,4歳で文字を習得している子供と、習得していない子どもの差は小学校入学後に急速に縮まり、1年生の9月には消えてしまう」ことを指摘していたそうです。

ほかの研究では漢字の習得において早期教育のした子供としなかった子供の差は小学2年ごろに消滅し、むしろ国語嫌いが早期教育を受けた子のほうに多かったということが分かったそうです。

語彙力の高さは親の所得や教育投資額多いほど高いことが分かったそうですが、詳細な分析をしたところ語彙の成績を左右するのはむしろ親の養育態度であったことが分かったそうです。

教授いわく「低所得であっても子供との触れ合いを大事にしていて楽しいことを共有するような養育スタイルのほうが語彙力が高く、高所得であっても大人の思いを押しつけ、トップダウンで禁止や命令、体罰などを多用する場合は子供の語彙の成績が低い」そうで、さらに「ほかの子供との比較や勝ち負けを多用するとか、子供中心の親が犠牲となる教育も学力基盤をはぐくむのに効果はない」とのことです。

最後の「親が犠牲となる」というのはなかなか興味深いです。「体罰はしていないし、私はこんなに子供のために尽くしている」こういう心境でいると罪悪感を感じないまま子供に負担を強いている分ガミガミ叱ったり体罰を加えることよりもある意味性質が悪いかもしれません。(いまどき体罰というのもなかなかいないと思いますが)
言われてみれば経済的に裕福でたくさんの習い事(塾のほかに3つ以上程度でしょうか)をしている子供で学力が高い子供というのを見かけたことがありません。
習い事が多すぎるためにすべてが中途半端だからというのもあると思いますが、そもそも中途半端なのは親の養育態度なのかもしれません。個人的な印象として「取り合えず、空いている時間に習い事させておこう」という手抜き感が透けて見える場合もあります。それによって大人は勝手に自己満足に浸っているように映るわけですね。子供は全くと言っていいほど効果が表れていないにもかかわらずです。たまに親と話しているとそんな事実にすら気がつかないのか、気がつかないふりをしているのかよくわからない、こういうケースに出くわすことがあるのですがなんとも悲しい現実です。

中には「子供がやりたいって言ったから」と、どんどん習い事をさせる人もいるかもしれませんが、前回の桜蔭のケースにあてはめると共通点はあるんじゃないでしょうか。「この娘が塾に行きたいって言うから」と何の考えもなしに通塾させるのではなく、いったんそれを制止しようとする態度は重要であるように思います。責任を持って物事を考えれば「子供がいったから即決」という感じで何でもかんでも時間の隙間がなくなるまで習い事をさせるという風にはならないと思うのです。

重要なのは親の「人間力」であると内田教授は指摘しています。

別に3つ以上習い事をすることは悪いことではないし、塾に行きたいというなら行かせるのもいいと思います。肝心なのは習い事をさせるかどうかが問題ではなく、その時の養育態度ですね。その目的が何なのか、きちんと考えておく必要があると思います。
「自分は正直考えるのが面倒くさい、でも金払って何かやらせてやってんだから、まあ保護者としての責任は果たしているだろう」という気持ちであればどのような早期教育も意味がないばかりか時間ばかりを浪費して逆に子供の成長を阻害していくように思います。

実際早期教育に警鐘を鳴らす人たちはストレス及び昼間の幼稚園での活動が鈍ることを指摘しています。習い事の負担が大きすぎて自由に遊ぶ時間が少なくなるだけでなく、幼稚園での活動そのもの鈍るというのですから、それが事実であるならば成長にいいわけがないですね。

とある親子の例が最後に載っていました。
その母親は妊娠中からクラシック音楽や絵本の読み聞かせで胎教し、乳児期には水泳、リトミック有名幼児教室に電車で通い、自宅では毎日1時間以上幼児教室の教材やパズル、フラッシュカードなどで早期教育を実践したそうです。それはやがて中学受験熱へと変わり、都内で難関の中高一貫校に合格を果たしたそうです。しかし、その後急激に勉強熱が冷め競争の激しい新学校では成績が伸びずに大学受験では苦労したそうです。

肝心なのは、その早期教育の内容そのものではなく、親子の感覚のずれです。僕はそう思います。

母親は「嫌がっているようにも見えなかったし、どんどん子供が吸収していくのがうれしかった、何より子供のためと信じていた」一方娘のほうは大学入学後に「つらかった、お母さんには嫌だとは言えずに我慢していた。幼稚園の友達もっと遊びたかった。中学受験なんて必要なかった。」涙ながらに語ったそうです。

母親は子供に心の底から詫びたと書いてあります。ショックもありつつ、今まででかけた時間とお金の苦労を考えると間違いだったと認めたくない気持ちも残っているようです。

嫌がっているように見えなかったのは事実か否か、そのサインをあえて無視続けてきたのは母親でしょうね。僕はそう思います。自分の都合のいいように現実の光景を捻じ曲げてきた結果だと思います。大学生にもなった子供に心の底から詫びたところで一体何が還ってくるんでしょうか。

何とも何ともむなしい話です。

内田教授は最後にこう締めくくっています。
~「子供は母親が大好きだから嫌とは言わない。だからこそ、親は子供のストレスのサインを見逃してはいけない」~ AERA2010.4.26 35項より

さて、ブログのタイトルは早期教育の是非について。大体結論は出ていると思いますが改めてまとめてみようかなと。


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失敗学・・・。  その2



もう一つのケースでは子供が周囲の人間が塾に行っているから「行きたい」と言い出して通塾したというケースです。こちらの家では母親が「学校生活に支障をきたすようであればやめること」という条件付きでの通塾だったそうです。
その影響もあってかこの子はあくまで学校の授業や行事を重視し、その際に塾の成績が下がっても「気にしなかった」そうです。現役で東大理3に合格したのですからうまくいったパターンですね。

こういう考え方は中学受験でも重要だと思います。
何が大事なのか、これをきちんと見極めることができないと「あれも、これもこなさなきゃいけない」と結局全部バタバタして時間ばかりが過ぎて何もこなすことができていないということになります。

学力が伸びない、あるいはよくない子どもの保護者において
「こんなことはほかの人もできているはず。」
「こういうことはできていなくてはいけない」と心理的に、勝手に他者と比較している場合が少なくなくないです。
これは客観的にみると「実在しない敵や脅威に過敏に反応して、余計な手間やどうでもいいことに無駄な時間をかけているように見えるわけです。
残念ながら中学受験では親がそういう心理状態に陥り結果として子供の学力向上の妨げになっている場合も珍しいことではないです。

前回取り上げた母娘と今回の母娘では、やみくもに「塾に行かせなくては」と焦るのではなく「本来6年間ですべきことは何か」と軸を明確に持つことができたか、結局そこの判断力の違いだと思います


なにが大事なことか、きちんと見極めて行動している人というのを余所からみて「あの子は天才だ」とか「感がいい」「センスがある」とか言われる場合が多いんじゃないかなと思います。また保護者がそういう嗅覚に優れている場合は親子でうまく受験に取り組んでいるように思います。


メソッドにはならない人間的な、感覚的なと言えばいいのかそういうのも「運」という言葉だけでは片づけられない要素が多く含まれているように思います。


そしてもう一つ親子が紹介されています。受験勉強中は母親が家庭教師の如く子供の勉強を見て合格を勝ち取ったケースです。それだけに母親は子供の学力がより客観的にみえているのでしょうか、自分の娘はぎりぎりぶら下がって合格できたと分析しているようです。
「せっかく合格したのだから中学3年間はのんびり過ごさせてあげたい」塾通いに反対の父親とは別に「桜蔭生の多くは塾に通っているので、自分の娘だけ行かないのは不安で置いていかれないように塾に通わせたい」と連日のように繰り返す母親。

母親は入学後すぐに「塾に行かなくてはいけない」という思いがかなり強いようで、逆に夫はそんな状況が心配なようです。

「あれだけの大学実績がありながら学校の大学受験に対するスタンスが不明確なこと、そして学校説明会で『入学前に塾通いを決めるのはやめてほしい』と言いながらも受験勉強への具体的な支援内容さっぱり見えてこない、だから疑心暗鬼になって塾通いに走るのではないか」。ここに書いてあるお父さんの意見は多くの進学校の問題を的確に表現しているように思います。


確かに今回取り上げられている話だけを見れば「桜蔭のスタンスはどういうものなのか?」
そういう印象は強いです。

ある桜蔭卒の東大生は英語や数学は10対0で塾の勉強が受験に役立ったと言っています。
また桜蔭時代の恩師からは後輩の子の家庭教師をと誘われたこともあるようです。塾や家庭教師というのを学校側も否定はしていないということでしょうか。
だとするとお父さんが持った「じゃあ、学校は塾に行かせたいのか、そうではないのか」という疑問が生まれても仕方がないと思います。

進学校ではダブルスクールを暗黙の了解としている学校と明確に勧めていない学校、またその中間のようなスタンスをとる学校が存在します。これは桜蔭だけの話ではなく全ての進学校が抱える課題だと思います。
また桜蔭のように「そのレベルの学校なら当然、最低でも00大学狙いでしょう」というように勝手に出来上がる雰囲気も重圧に感じる子供は大人以上に存在するのではないでしょうか。

難関レベルに入学した子供にはより一層の、学力相応の自主性、自立性が求められるように思います。また保護者がそれをより認識しなくてはいけないと思います。

「うちの娘は小学生の時、全国模試でも100以内に入ったことがあるのだから塾に行っても何とかなるだろう」という考えは言うまでもなく、です。
後になって「もっと学校生活を大切に、家族団欒の時間を大切にしたかった」などというのはあまりに残酷です。振り回された子供には青年時代を取り戻すことはできません。
難関校に入学するということは「すぐれた学校に通う」という誇りや喜びだけではなく、より大きな責任を背負うことになるという気持ちも持たなくてはいけないと思います。保護者がそういう意識を強く持たないと子供に持たせるのは難しいでしょう。

今までは「勉強漬けが日常である」というのは桜蔭のような最難関に進む子供には今後もそれが日常であるかもしれないし、多くの子供がそれを認識しながら進学していくのかもしれません。しかしかといって桜蔭にまで入学した子供が塾の勉強についていけないからといってそれを許さないような風潮が漂ってしまうというのは何ともいえない気分です。

僕はその点において気が重くなりました。とくに僕は付属出身なのでなおさらかもしれません。勉強したい人間はおおいにすればいいけど、そこに意味が見いだせない人間に「なんとしても東大に進学しなくてはならない」という風に強要するのはまずうまくいかないと思うのですが、どうなんでしょう。周りが引っ張れば合格できるものなんでしょうか、東大レベルの学校は。

今回冒頭に紹介した「塾に行くんだ」と血気盛んな娘を制止させる母親は何ともかしこい印象受けます。個人的には上位の学校に通わせる親はそうあるべきだと思うのです。

大学受験で難関大学に入るには中学受験とは違い本人の意思が大きく影響すると思います。
つまり中学以降、そこから勉強するか否かは親が全部決めることではないような気がするのです。
中学受験生はどうしても親の力が必要ですし、場合によってはつきっきりで勉強をみるという例も決して珍しくないです。中学に進んだ後は保護者のほうがどうやって距離を離していくことができるか、これも重要な仕事のように思います。


次は早期教育について、これもAERAに取り上げられていました。その話にも触れていこうかと思います。


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なにかしら参考になると思います。


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プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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