スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

過保護 過干渉 その2


中学受験では「ああ、これはいわゆる過干渉なんじゃないかな」と感じる親の行為を見かける場合があります。

たとえば、これは過干渉というほどのレベルのものか分かりませんが「子供のノート作り」に手を加える親がいます。

僕は初めて指導する子供には大抵ノートの書き方からスタートします。(自分なりノートの使い方ができていたり、僕と同じようなやり方の場合は手を加えません)

その際にノートに線を引くのですが、これを親が全部やる場合があります。子供に煩わしいことをさせないように、勉強だけに集中できるように手伝う、おそらくそういう理由かとは思いますが、個人的にはそこまでやる必要はないかなと考えています。

やはり、ノートを書くという行為からすでにその子の勉強が始まっているのではないか、となると線を引くのが煩わしくともそれはもう子供自身がやるべき行為だと思うのです。
ただ、これは個人的な価値観であり、良いか悪いかどちらであっても些細なレベルかもしれません。ぎゃくに間違い直し用ノートに問題をコピーして切り貼りすることがありますが、こういう作業は親がやるべきかなと思います。

・・・・冷静に考えたら「その違いはなんだよ」と突っ込まれても自分でもいまいちよくわかりません。
おそらく自分の培ってきた価値観でこれは親が手伝うといい、ここまでは子供自身がやるべきなんじゃないか、というのがあるのかもしれません、

まあ、このレベルの話ならいいのですが厄介な場合もあります。

中には宿題のノートに問題番号から答えのますまで書く親もいます。
たとえば、売買の問題で①の(1)とかいて2行くらいスペースを空けてその右端に下線を引き最後に円と書いてあったりするわけです。それをすべて問題を説く前に親がノートにどんどん書き込んでしまうのですね。

番号を書くだけでなく「2行」というふうに勝手に保護者が子供の考えるスペースを作ってしまっています。本当は1行で済むかもしれないしもっと使うかもしれないのにです。

こういうことが習慣になってしまうと「お母さんがノート作っていないから今日は勉強できない」と真顔で答える子供もいれば、「ねえ、なんでこの先のページ線引いてないの?勉強できないじゃん!!やる気がうせた」なんて言い出す子供もいます。

そこまで具体的にノートに手を加える保護者の心理状態というのはどういうもの何のでしょうか。最初に書いたように勉強には具体的には携われないからそれくらいはやってあげたいという思いなのかもしれないです。しかしながら、どうなんでしょう、実際のところは勉強の効率を上げるという点においてはあまり大きな成果は見られないし、逆に子供はますます勉強に対して受け身になり「誰かが何かしてくれるもの」という姿勢が無意識のレベルにまで刷り込まれてしまうように思えます。

そうなってくると典型的には「家庭教師は親がつれてきたもので、何をするかよくわからないけど、とりあえず2時間一緒に机に向かっていれば成績が伸びるらしい」と勘違いする子供も出てきます。

そういう場合、どこから、何から指導すればいいのか算数以前の話ということになってしまいます。

結果論として「過保護」であったか「過干渉」であったか判明する場合もあるかもしれませんが、やはりそれは避けたいところです。
そうなってからはどうとでもいえますが、そうなる前に「過干渉」はできる限り予防したいです。


僕が考える過保護というのはどういうものなのか。

もう少しこの話について触れてみたいと思います。



ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
スポンサーサイト

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

過保護 過干渉

中学受験において親の役目は重要だということはおそらく大体の人が聞いたことがあるんじゃないでしょうか。

親が子供の受験にどう関わるか、合否はもちろん志望校にも大きく左右します。

ところで、当然重要になってくるのが親の関わり方ですね。


親はできる限り子供に接して子供の状況を把握することが重要だと考えているのですが、その言葉だけではどうしても誤解を生んでしまうように思います。おそらく家庭教師の立場であればどういう行為が「それは親子の関わり方としてよい」「それは明らかに行き過ぎた、もしくは歪んだ親子の関わり方である」というのは十中八九同じ意見になるのではないでしょうか。

だけれども言葉だけだと「親の関わりは大事」といういう意見もあれば、「いや、行き過ぎた関係はよくない」「あまり親がべたべたすると何も考えられない子どもになる」とかもしくは「塾に一任するのがよい」などの意見もあります。

どれも間違いとは思わないのですが、言葉の使い方、行為の中身ですね。
いずれの場合においても親の存在は重要である、ことに変わりはないと思います、僕はそう考えます。

もうずいぶん前ですが『子供へのまなざし』という本を紹介しました。
ここで使われている単語で僕も気に入っている言葉があるのですが、そのなかに「過保護。過干渉。」という言葉があります。

中学受験において親がどう子供に関わるのがいいのか、この言葉を使えば比較的イメージがしやすくなるのではと考えています。

ちなみに『子供へのまなざし』では筆者の考える「過保護」というのは人間の成長過程において避けては通れない重要な要素であると書かれています。「過保護」という過程を通して、そこで十分に「自分は愛されているんだ」と感じられるようにならないと後々その子供の成長過程において様々な歪みや障害が生じて、それを改善するには年齢を重ねれば重ねるほど難しい、と書いてあります。(多少言葉のニュアンスは違いますが確かそんなようなことが書いてありました。)

逆に「過干渉」になってしまうとあたかも一見愛情豊かなようで、それは保護者の側の一方的な自己満足の行為となり場合によっては虐待に近い心理的な負担をかける場合もあるようです。これは目に見えた形で身体的に何かをするというのではなく、その内容だけを他人が聞けばどうってことないようなものでも実際に目にすると明らかに子供の人権を無視したような虐待であり子供の成長を著しく妨げるような行為であるわけです。

少し過保護、過干渉ということについて触れてみようかと思います。


ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ



テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

夏です。



海や
ビールや
花火やらと…

とかく無縁な自分ですが、暑い日々が続けば「ああ、夏だなあ」とよく意味もわからず感慨深くなります。

僕にとっては1年間で最ものんびりな6月が過ぎると、いよいよ2月に向けて具体的にかつ段階的にいろいろなことを考えてしまう時期でして、とくに合不合をはじめとした夏休み前の大きなテストが終わり、それらテストの結果で段々と志望校を定めなくてはいけない時期です。

本命に関して言えば安全圏(60%~80%)に届いていない場合は模試の偏差値と10くらい離れているところが現実的なまだ可能性の残るラインかと思います。15や20も離れてしまうと、やはり受験するのは厳しいと思います。もうそういう時期に差し掛かってきました。

もちろん0とは言いませんが、今まで以上にグンと合格率が下がるのは間違いないと思います。


そういえば最近指導している子の中で気になる子がいます。
特に目立った課題があるわけではないのですが実力テストの成績が2,3回続けてかなり下がっているのです。

普段指導しているときも今までとは変わらず同じように進めているつもりなのですが、テストでなかなか振るわないのです、算数が特に悪い(若干下がってはいますが)というわけではないのですがいつもは意識していない科目が大きく足を引っ張り、結果として4科目の偏差値がかなり下がっているんですね。

実は以前にもこのようなケースで相談されたことがありました。
特に勉強についていけなくなったわけでもないのに連続してテストの成績が下降したというケースです。

小学生のことですのでずっと安定して受験まで成績が乱高下しない子どもというのはまずほとんど見かけないので原因が明確でなくとも個人的にはそれほど気にはしません。
しかし今まで比較的安定して過ごしてきた場合だと、それまでにないような成績の落下ぶりに親子ともどもかなり精神的にショックを受けてパニックになってしまうのはよくわかります。


以前相談されたケースも当てはまるのかわかりませんが、今回の子供では一つだけ思い当たることがありました。

それは体力ですね。

話をよくよく聞いてみると実は睡眠時間が以前に比べて30分以上少なくなっているのです。
これは結構な負担だと思います。1週間2週間ならまだしも1,2カ月総いう状態が続くと今まで通りのパフォーマンスでは生活できないと思います。当然勉強も同じようにこなしているつもりでも理解不足定着不足、テストでのケアレスミスの増大ということが起きても何ら不思議ではないなと思うわけです。

実は親も薄々感じていたようでしばらくの間は意識して睡眠を増やしてみようということになりました。それで成績が戻るといいのですが。

成績の急降下が原因不明な場合、体力的なことも解決策の一つとして考えられるかもしれません。


これからの夏休み、学校がないということで塾同様、無茶をしたがる親もいます。
隙間なく毎日ずーっと8時間とか9時間以上勉強するスケジュールを立ててもうまくいかないか、もしくは効果はほとんど表れないので、できる限り子供らしい夏休みを過ごせないかを考えながら体力的にも精神的にもゆとりを残した計画を立てられると良いんじゃないかと思います。



ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

無茶振り その2

授業の内容を理解しているか否か、消化できているか否か、算数という科目はほか三科目に比べてそれが最も顕著に表れやすい科目なのかもしれません。

偏差値で10も違うと計算力、理解力などかなり違うので同じ単元を同じレベルまで定着させるにもほか三科目と比較するとだいぶ差が出てくるように思います。となると、1週間で次の単元に進むことを考えると指導する側としてはどこまでの範囲を、どの段階までを定着させるか、教え方にも当然差は出てきます。

個別ではそういうことには対応できますが、集団では限界があります。とはいえ講師が一人一人に目を配り個別に課題を出すなど全く何もできないということはないと思います。

保護者の声として「多いな」と感じるのは5年生になって徐々に算数の内容が分からなくなってきたという声です。大半はそれが理由で家庭教師を頼むというケースにいたる場合があるように感じます。

それがいいか悪いかの議論は置いておいて(誤解のないように、個人的な見解としてはそれそのものがいいか悪いかは議論の対象ではないと考えています。)、子供の勉強をスケジュールだけでなく解いている問題から細かく把握している家庭は少なくありません。また一緒に問題を見ているといってもその内容も人それぞれです。6年生の卒業まできっちり見ていく親もいれば今触れたように途中で諸々の理由でみることができなくなる、そういう家庭もあります。

家庭教師は塾のフォローが多いです。
フォローといってもその方法や内容は様々ですがたとえば宿題を中心に見てほしいという要望もあります。

この要望になかなか応えられないことがあります。

それはあまりにも子供と宿題のレベルがかけ離れているときです。
偏差値で10くらいの差ならまだ何とかなるかもしれませんが15~20以上差があるとなるとこれは無理難題といえます。

そしてこの現状を家庭側になかなか理解してもらえない時があります。

しかしこれは無理もないことで、常識的に考えたら無理難題の宿題を塾が出すとは想像しないと思います。しかし現実は子供に想像以上の負荷がかかる宿題を出してくる塾は少なくありません。その原因の一つが4科目の偏差値でのクラス分けだと思います。

残念ながら家庭教師をしていると、塾のそういう過度な負担に耐え切れずたった一度躓いたがために、軌道修正する余裕がないままどんどんおいていかれ、気がついた時にはかなり挽回困難な位置まで学力が落ちてしまった、そういう子供に出会うことが少なくありません。しかもどちらかといえば上位の生徒に多いんですね。下位のクラスではそもそもの負担も少ないし学力も高くないのでこういう問題が上位に比べ起きにくいのかもしれません。


特にこれが6年生ともなると、その原因が判明してもそれを解決するだけの物理的な時間が足りない場合があります。

しかも、真面目に上位のクラスで頑張ってきた子供にかぎって、「何とか塾にいわれた課題はこなそう」と形だけでも宿題をこなそうとして、中身がまるでともなっていないがために、最悪な場合その週に学習すべき基礎的な内容まで理解定着しないまま次の単元に進んでしまうことがあります。

素直に言われたことをやろうとすることが却って時間と気力を削り取られるだけでほとんど頭に入っていないという状態に陥ってしまうわけです。


塾の講師が一人一人に目が行き届いていていそういう状態の子供を見逃さず何らかの対処をするのであれば好転の可能性はありますが、残念ながらそうでない場合もあります。気づきつつも「大丈夫」と押し通す場合もありますね。

塾の講師は子供が80%偏差値の学校を本命とすることを基本的に嫌います。
たとえば志望校の偏差値が55で本人の偏差値が60あれば必ずと言っていいほど志望校の変更を促します。
「どうしてもっと高い学校を受けないんですか?」
「00校だけはぜひ受けてください」

これは決して珍しいことではなくごくごく当たり前に行われていることです。
確かにこれにはただ単純に偏差値の高い学校に受かってもらい塾の広告塔になってほしいという思惑だけでなく、ほかにも理由もあります。
ただそれでも過ぎたるはで、家庭の状況をよくみて判断しないと塾は家庭の信頼を失うこともあるのかなと、そういう印象を受ける場合もあります。

塾側の思惑を理解していて、軽くいなすことのできる家庭であればさしたる問題がありませんが、先程も書いたように生真面目であったり、中学受験に対しての知識がそれほどない場合(前回も書いたように本来それが普通ですが)塾側の要望はひどく家庭を困らせます。

余計な負荷に無理して応えようとした挙句、本来受かるレベルの学校に受からないばかりか想像もしていなかったような結果に終わってしまうこともあります。
なかには過度な勉強量に耐え切れず、ある日とうとうクラスががた落ちして、そのショックのあまり受験をやめる友達もいたなんていう話を保護者から聞いたことがあります。

ここまでいってしまえば明らかに人災です。そういう事態が起きたことに反省して改善すべきでしょうね。

僕は塾の宿題のフォローをしてほしいと言われた時、そのレベルが子供とあまりにもかけ離れている場合は、当たり前ですがその勉強はしません。
いうまでもなくそんなのは定着するわけもなく、その場しのぎの外見を取り繕うことすら難しいわけです。

こちらの見解を聞いてくれるのか、それとも塾の指示が正しいと思うかは家庭が決めることですが、無茶苦茶な要望には応えられない時は応えられないです。

ただ板挟みの状態の保護者がさらにこう言ってくる場合もあります。
「それでも宿題のフォローを最優先に、やり残しがあると塾で居残りをさせられるんです。」
「何でやってこなかったのか出来なかった子供は授業中立たされて名ざしで怒られるんです。」

解けもしない宿題を出しておきながら出来ないからって居残りってのはどんなノリなんですかね。どんなに叱ろうができない者はできないので生徒の怠慢を考えるだけでなく自分の指導の怠慢も考える必要があるかと思います。

家庭から無茶振りされている僕はそのまま塾に振り返したいくらいです。

家庭との方針にずれがあり明確に「宿題を最優先にしてほしい」といわれたら、僕も子供が理解しているかどうかはさておきどんどん解説して「指導したつもり」にしてしまいますよ。仕事ですからね・・・。いや、仕事してないけど仕事しているんですよ。矛盾してますが。
別に悪気があって子供を置き去りにして解説するわけじゃないです。事情を説明したうえで納得できない場合は最優先の要望にこたえるだけです。与えられた時間にノルマをこなすのにはそうせざるを得ないわけです。
志望校に受かることが目的で宿題をすることが目的ではない、と分かりつつtも塾がまさかそんなことをするはずがない、だったら家庭教師の教え方がまずいのでは・・・。そんな思考回路も想像はできるので最終的には家庭が判断することですかね。

もちろん一刻も早く塾に効果のない宿題や授業をしないよう、改善を促すように保護者には再三話しますが。

そうすれば必ずうまくいくとは限らないです。また、そもそもその状況そのものが不毛な時間であり、そうなったこと自体がもはや大きな問題だとも思います。こちらとしてはただ2時間無駄にするだけでなんともいえない気分になります。


だから、まあ結局何ですかね、あんまり合格実績にはこだわらず、家庭が望むように余計なこと考えずに仕事すんのが一番いいかなと思うんですよね。

きちんとやってりゃあ、しかるべき合格実績は付いてくるだろうし、無理強いさせてまで伸るか反るかで偏差値の高い学校受かっても家庭が塾や家庭教師に恨みを持つようになったら、それはそれで企業のイメージアップにはつながらない気がするんですけど。

どこに価値を置き何を利益と考えるのか人それぞれなので、選ぶ側が慎重に惑わされずに選択していく以外ないんでしょうかね・・・。


ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

無茶振り


CMや中づり広告でみたことがあるのですが、四谷学院の教科ごとのクラス分けというのは良いシステムだと思います。総合成績が良くても偏りがある場合はある科目においては授業が過度な負担となりむしろ成績を伸ばすための妨げになることもあるからです。

中学受験に目を向けてみると、そういう教科ごとのクラス分けというのは目にしたことがありません。今や公立の小学校でも算数だけは習熟度別にしているところも珍しくないのに塾では4科目の成績でのみのクラス分けというのは意外といえば意外ですね。
志望校特訓が始まれば多少科目ごとに本人に合ったクラスで学ぶけーすもありますが平常授業では見かけたことがないです。

成績で細かくクラスを輪切りにするサピックスはクラス変動が多く、また校舎内でのクラス数が多いというのは「競争をあおる」という風に考えるよりも「常にその子に最も適しているクラスで授業を受けることができる」と、考えたほうが建設的かと思います。

日能研や早稲アカはクラス数の少なさが弊害になっている場合もあると思います。校舎の中の生徒が多い場合は6,7クラスできる場合がありますが少ないところでは最悪2クラスしかないという場合も出てきます。

そういえば最近四谷大塚も組み分けテストの頻度が増えました。
中には四谷の良さが失われたと感じる人もいるようですが、個人的にはよかったと感じる人が増えるんじゃないか、そう考えています。今までの四谷では明らかにそのクラスについていけない子供が長い間クラス変動がないためにその期間の単元がほとんど頭に入っていなかったり、、学力がすごい勢いで向上しているのいつまでも本人には物足りないペースでの学習量やレベルで授業を受けて時間を無駄にするというケースを見かけることがありましたから。

クラス変動はあまりプレッシャーに感じてほしくないですね、常にその子に合った授業を受けるには必要なことなので下がった上がったの一喜一憂は利益よりも損のほうが多いように思われます。(もちろん精神的にテストが苦手という子もいるでしょうが、本番はテストですからね・・・。)

最初に話を戻しますが四谷学院の科目ごとにクラス分けというのはなかなか難しいんですかね?これ、良い案だと思うし結構受けがいいんじゃないかと思うんですけど。

サピックスのように細かくともやはり科目ごとの成績のバランスが悪い子供にとっては「ある科目の授業だけは全然ついていけない」ということはしばしばおきます。ましてや校舎にクラスが2つ3つしかない場合はどの科目においてもそのクラスそのものがアンバランスになってしまい「かなり効率の悪い」もしくは「講師にとってはやりづらいクラス」になっていると思います。

都心の生徒の多い校舎であればクラスを細かく分けられる場合が多いですが、少し都心から離れた校舎であるとなかなかそういうわけにはいきません。

ところで同じ塾でも校舎間のレベルの差というのは少なからずあり、それが顕著な場合もあります。本来保護者はその点についてそれほど神経質になる必要はないのですが、前回の話ではありませんが知らないがために、いや塾に一任したがために子供がとんでもない状況に追い込まれていく、気づけば取り消しがつかないくらいに学力が低下していた、というケースがあります。

なんでクラス分けの話をしたのか。
立て続けに批判めいた内容になるのは何とも心苦しいのですが、個々の生徒に対する思いやり以上に塾側の思惑から子供が効果的な授業を受けられない、そんな風に映る場合があります。とはいえ僕は個人指導で塾は集団指導なので、どうしても集団塾では無理が出てきてもそれをどうすることもできない、という事情もなんとなくわかるので「まったく思いやりがない」とか、安直に批判するのもどうかと思うのですが・・・。とにかくですね、4科目の総合成績でクラスを決める塾が抱えている矛盾が、成績のバランスが悪い子供には余計な負荷がかかったり学力向上の効果が表れにくい授業を受けざるを得ない場合があります。

まあ、なので「ああ、そういうこともあるんだ、気をつけないとなあ。」とまあそんな感じで次回の話を読んでもらうほうがいいと思います。


ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
オススメ
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。