スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

講習の是非について

さて、非公開ではないコメントで質問をいただいたのでコメント欄ではなくこちらで答えようかと思います。

yoshi様コメントありがとうございます、返信が遅れて申し訳ありませんでした。

講習がためになるかどうか?ですよね。

以下、飽くまで主観ですので正しいかどうか、そういった類の判断は読んでくださった方にお任せします。
僕の個人的な考えです。


まず結論ですが、全くためにならないものであれば存在しないと思います。
ためになることはなります。

ですがこの言葉だけでは説明が非常に乏しいので出来る限り付け加えてみようかと思います。




受験産業に振り回されるな!

過度な勉強量、塾での長時間の拘束時間はおかしい!!

首都圏の中学受験は子供をだめにする!!!




と言ってしまうのは簡単です。何か口当たりのいい本のタイトルになりそうですね。



最近ホメオパシーが問題になっていますが、行き過ぎればこの手の問題と同様になるかと思います。
一方でyoshi様のように疑問を持つ方はいらっしゃいます。そして現に講習に通わない方、もしくは平常には通わないけれども、講習だけに通う方。

また塾に行かずに最難関クラスの学校に受かる子供もいます。
そういう方たちは少数派かつ表立ってアピールする人も少ないせいか、なかなか目にはつかないかもしれませんが必ずいます。家庭教師も塾もつけないで親子で頑張るわけです。

>多くの人には効果があるとは思えません

この点に関してその心情よくわかります。
「全くためにはならないとは思わないまでも多くは無駄なのでは?多くの人には無駄なのでは?」このように考える方は、共感する方はさらに増えるでしょう。
現に大手進学塾ではなしえないような独自のカリキュラムで中学受験進学塾として多く存在しています。数はたくさんあれど大きさが小規模なので全体でみた場合マイノリティですが。一般に常識的といわれる大手の塾の方針に疑問を持ったり自分の子供には自分たちのライフスタイルには合わないということでそういう塾に通わせたり大手から転塾した理と、その動機も様々でしょう。

>通塾の時間やその肉体的な負担を考えたら家で寝ていた方がまし

ご両親のいずれかが自分自身の経験からそう考える方もいるでしょうし、また子供の体力的な面を考慮して講習は行かせたくないそう考える方もいるでしょう。その判断が間違いとも思いません。

また4年生であればおっしゃるようにお楽しみ程度に行くくらいがなにかとよろしいかと思います。

そこの塾のカリキュラムは知りませんが、関東首都圏では大手の塾では5年になってその難しさに脱落し、また6年生になって新たに脱落し、と難度、進度、深度、分量などあらゆる面において数倍に膨れ上がってきます。(こと算数に関しての分量の変化は大げさではないです。)

志望する学校にもよりますがほとんどの人間にとっては効率よく5、6年生を過ごして合格するということは至難の業です。そのために大手の塾が存在するわけです。
受験に関して知識のない親子には入門編となり大半が最後まで面倒みてもらうことになります。
yoshi様のように効率よく短時間で成果を上げるということは多くの家庭ではなかなかできないのです。

やはりですね、早稲アカや日能研、サピックスの最難関の特訓コースの講師は決して馬鹿にはできません。
人を引き付けるパフォーマンスはもちろん、集団授業を良い雰囲気でうまく持って行くリーダーシップは抜群ですし、何より受験を合格させるための技術というのがとても高いわけです。
多くの方がお分かりかと思いますがいくら名門大を首席で卒業できるような人でも中学受験の特殊な問題を子供たちに的確に指導するというのは勉強ができるからといってできるようなものでもないし、ただ教え方がうまいというだけでもできません。
最難関校の特訓コースを担当する講師は一朝一夕じゃつかない技術を持っているんですね。

これは親が2,3年子供の受験に携わって仮に最難関に合格させたとしても、それとはまた別モノです。それはその学校においてのみですし、塾の講師はそれよりははるかにオールマイティでなくてはいけません。そしてそれらの高い素養の上にさらに志望校ごとに、科目ごとに特化した力を持つわけなのです。多くの人間を毎年合格に導いている人間というのは塾の講師の中でも限られた人間だけなのです。

偉そうに言ってますが、10年そこら受験に携わっている程度の自分には
まだまだ未熟な部分がたくさんあるということです。

・・・言い切っちゃった・・・。


ええと、仕切りなおして。

講習もその一環であり、平常とのつながりが全くないわけではないのです。
そういう意味では全然意味がないというわけではないんですね。

ですので来年再来年になったら今の考えが変わる可能性もあるかもしれません。

しかし現状塾内でトップ層にいますので来年以降も「夏期講習はまさに能率の悪い勉強のさせ方に思えてならない」と感じ、そのまま全ての学校に合格して受験を終える可能性も大いにあり得ると思います。
もし範囲のない実力試験でも悪くて1000人中30番以内をとれるのであれば
僕なんかは「まずまず」どころか「申し分ない」という気分になってしまいます。

女子で6年生の時点でそれだけの学力があれば日本全国ほぼすべての学校が合格安全圏でしょう。

今後もyoshi様の効率の良いやり方で乗り切れば、他人は他人で自分たちの理想の受験を全うするのが一番理想的ですね。

>もっとも理想は娘の要領を理解している母である自分が教えることだと思います

そうですね、そういう考えは大事なことだと思います。共働きや母子家庭、父子家庭ですと中学受験においていろいろ不利な点は否めませんが、それを克服する人も大勢見てきました。
克服というと少し変ですね。
そんなことは微々たる問題としてなんら障害としていない、といえばいいのでしょうか。


>無駄である理由は単純で一回だけやってその後反復しないからです


さて、長くなりましたのでいったんここで区切ります。

一回で書ききれなくてすみません。

「反復」についても重要なことなので次回書いてみようかと思います。




ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ

スポンサーサイト

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

8月も終わりですが・・・。



暑い日々が続いています。
インドアな家庭教師という仕事ですが、夏休みは炎天下の中を町から町へと移動します。
ので、結構日焼けします。日焼けしている事に気がつきました。

10年20年前と違って「太陽の光を目一杯浴びることが健康にいい」なんて言うほど太陽光線はやさしくないですね。地球上にはバシバシ悪い光線がやってきます。


今年はですね、サングラスすることにしたんです。


どうです?しゃれてませんか?グラサン家庭教師。


いや、別にそんなですね、いい年こいてカッコよくしようとかそんなんじゃなくてですね・・・
目から入る紫外線というのが人間に結構害を与えるらしいじゃないですか。
そんなことを知ったもんでしてUVカットのサングラスをすることにしたんです。



どうです?しゃれてませんか?UVカット家庭教師。









ああ、くだらない話を済みません。


最近はブログでくだらない話を書く暇もないものでして、たまには書こうかなと。

そうそう・・・最近は皮膚の話もしていませんがアトピーのほうもだいぶいいようです。
特に8月に入ってからはいつもより早く起きる日々が続いているせいか飲み薬がなくてもだいぶ良いように思います。


つまるところ生活習慣なんですかね・・・いろいろな病院を旅して皮膚の状態が良くなってきていきつく答えがそれなんて、自分の愚かさをつくづく痛感している今日この頃です。

いよいよ9月に入ればあわただしい日々となるでしょう。

今年度は7月に一人やめてまた新規が一人増えたぐらいでここまで大きな変動はありません。昨年度は3,4人はやめたかなあ、確か例年より多かった気がします。

まあ無理に作ればスケジュールは若干あいているので例年のように秋から短期間の6年生の指導が入るかもわかりません。


そしてさらにどうでもいい話を付け加えると今年はなぜか女の子が多いです。6年生では男の子が一人であとは女の子という・・・これは今まで一度も経験したことがないです。(大体女子は1~2割くらいです。)



とりあえずやることを後回しにして無駄に近況を書いてみました。


ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

最善の選択と結果  その2

前回の続きです。


中学受験において親はサポートすべきか、本人の自主性を重視すべきなのか(はたまた感情的になるくらいなら放任したほうがいいのか)

個人的な考えとして、結論からいえば何かしらのサポートは必要だと思います。

そもそも塾にいかせたりする行為そのものがサポートといえなくもないですがそれは経済的な援助という点においてのみで本来昨今の首都圏の「小学生の受験勉強のサポート」とは呼べないように思います。なのでもし、それ以上のことはできないというのであれば成績までは口出しする権利はないと思ったほうがいいと個人的には思います。それほど過酷なものであり子供だけでは対処しきれない勉強量だったり内容だったり手間だったりするわけです。

じゃあ、サポートする必要があるのならば如何にしていくべきなのか。
その方法が間違っている場合というのもあれば、そういうわけではないけれどもうまくいかない場合というのもあります。
後者が問題ですね。
本来正しいのに、なぜうまくいかないのか。

相談を持ちかけてくるとき、「うまくいっていないから、もしくはうまくいっていないと感じる」という言い方をしましたが「うまくいっていないと感じる」場合が問題になっているようにおもいます。

つまり本来は前進しているのに、前進していないと感じているということです。
この状態がもう少し進行してしまうと、いよいよ本当に前進していない、本当にうまくいってない状態になります。

話を聞いていると、問題ではない部分に過度に反応してしまい「うまくいっていない」と思ったり、もしくは「うまくいかない、うまくいかない」と思いこんでいるうちにやがて感情的になり喧嘩ばかりするようになりまだ問題ではなかったことが問題となり深刻な状態に陥っている場合があるということです。


要はですね、「もう少しゆるくいこう」ということです。

子供の取り組みに対して他者のサポートの最善の行動や、理想の選択が必ずしも最高の結果を生むわけではないということです。

相談をしてくる内容中にはかなり極端な印象を受けるものがあります。

つまりサポートするならば徹底的にサポートしようと緻密で無駄のない計画を立ててそれをなにがなんでも敢行しようと考えるわけです。絶対にそうしなくてはいけないという固い意志を持っているわけです。

だがそれが叶わないならば、いっそのこと放任しようとか、自主性に任せようと思ったり、もしくは心身疲れて面倒見る気力を無くしてしまう、このように考えてしまう場合があります。
ほかにも様々な動機や理由があるかもしれませんがどれも「子供の勉強を投げ出してしまう」という点において同様です。

これは、一歩間違えるととんでもない方向にいってしまう、危険な思考回路、選択だなと思います。

結果として何のサポートにもならないばかりが親子共々非常に精神衛生の良くない状況に陥ってしまい、なにも計画を立てないのとほとんどかわらない状態になることがあるのです。

そもそも大人のほうが子供より効率のよい計画を立てたり、合理的に物事を考えたり、無駄なくできるのは当たり前です。子供の質が大人の想像を超えることはまれであり瞬間的にこそあれど続くことは多くの子供においてほぼ全くないと思います。

大人の考えと子供の現状のできるレベルはどれくらいなのか摺り寄せていくことが重要なんじゃないかと思います。

子供の状況に応じてどれくらいの計画を立てるべきか、出来る限り客観的に判断しなくてはいけないですね。
これは他人よりも子供を育ててきた親のほうが接している時間が圧倒的に長いので客観的な判断材料が乏しくとも出来ないことではないと思います。焦りや不安は他者と比較するから出てくるのかもしれません。あとは最近も書いたように塾からの過度な宿題や課題などですね、こういうのが本来の正しい判断力を狂わせることもあると思います。

最終的には比較する必要はありますが、なにより肝心なことは確実に成長前進することだと思います。それがなくては比較もへったくれもありません。

子供が「以前できなかったことができるようになる」それが誰よりもわかるのは身近に一緒に生活してきた人間が一番分かっていることだと思います。

そのスピードは当たり前すぎるくらい当たり前ですが千差万別だし同じ科目でも単元によってもずいぶん違うこともあるわけです。


また今までの遅れを取り戻そうと、それまで以上の勉強量を課して何とか挽回しようと考える場合もあります。
ここまで来るとその計画がもはや最善も合理的でもないということは明白です。
もう現実的ではないんですね。その計画が三日も続くと思えないし、早々に親子関係が悪化してすぐさま崩壊することが容易に想像できます。

たとえば僕が考えていた宿題の量と、親が計画した課題の量に物理的に倍以上の隔たりがあることもあります。もちろん親の計画通りにいけば理想的なのです。だがそれができなかったから今のその子がいるわけです。今までの分を挽回しようと考えるのはいいことですが、ひとっ飛びはできません。通るべき段階を経なくては次のステップにはいけないのです。それは勉強の内容だけでなく、計画性や取り組む姿勢、クオリティにおいても同様のことがいえると思います。

「ゆるくいこう」などというと不謹慎のようですが、結果としてその子の現状において最善の結果を生むこともあるということです。その過程においても全てがすべて計画通りに進むなどということもまれなので、わずかでも前進や成長が見られれば口出ししないことが「最善」のように思います。(そもそもその判断のハードルが高くて「うちの子は何もできていない、成長していない前進していない」と考えてしまう人もいないわけではありませんが・・・。)

6年生のこの時期になれば「ほどほどに」なんていうと「そんな悠長なこと言っていられるか」なんて思うことが多くなるでしょう。

しかし子供からすればできないことはできないです。不可能なことをやれというのは無茶苦茶なわけです。時間がなくて最終的に他者と比較せざるを得ない、合否があっても無茶は危険です。

中には「何が何でも00校だけは受かりたい」と転塾や家庭教師の変更を延々と繰り返す人もいます。残り2,3カ月の期間で現状の偏差値の倍以上の学校を合格させたい、正気の沙汰とは思えないようなことを本気で考えている人は毎年います。

だこれから子供の人生が続くことを考えれば悠長に考えて確実に成長させなくてはいけないのに、そういうことを考える隙間が全くなくなってしまっているわけです。恐ろしいことだと思いますよ、いやもうほんとに。

無理に最善の計画を押し通そうとするならば、その後の子供のいかなる変化にも懺悔はしても文句は言ってはいけない、根負けして見捨てるのであればどのような成績の結果にも文句は言わない、それが大人の通すべき筋だと思います。


筋が通せないのは子供と同レベルですね。


計画を立てる際は常に余裕を作る、「これじゃ、いかにもぬるいなあ」それくらいのほうがうまくいく場合もあります。

子供の勉強を見ていて思うようにいかないと感じた時に、もっとゆるくすすんだらどうだろうと、立ち止まるのも一つの手段だと思います。

ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ


テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

最善の選択と結果



6年生になってもう数カ月が経過しますが成績が思うように伸びないと、たいていの保護者は焦るんじゃないかと思います。

自分たちはどうなのか、他と比較しようにもよその家はどうなのか、家の中まで覗いているわけではないので本当のところは分かりません。なので結局のところ成績表で判断することになるわけなのですが、それはそれで公明正大といえなくもありませんが、かといって子供の成長をそれだけで判断できるものでもないですよね。

「自分たちは自分たちでこんなに子供の面倒(中学受験の)を見ているのに思うようにいかない」それがだんだん強い徒労感のようなものに変わり、解決策が見いだせない、ぶつけようのないストレスのようなものを抱えるケースというのは少なくないように思います。中学受験生の6年生の子供を持つ保護者の心理状態というのはなかなかしんどいものがあるんじゃないかなと想像しています。


こういう相談を受ける時があります。

中学受験は親が与える影響は大きいけど、やはり最終的には本人のやる気が重要である→

となると親が勉強をきちんと面倒見てやるべきなのか。

それとも本人の自主性に任せて親は口出しをしないほうがいいのか。



最難関クラスを狙うのであればほとんどの場合において保護者の何らかのサポートがなければ厳しいと思います。志望校の偏差値が高くなれば高くなるほどその確率は高くなると思います。ですから一切口出ししない、というのは、まあそれでもいいのですがそれは親が関与しないというのと意味が違います。

また「口出ししない」という風に感情的にそういう行為に走られても良い結果は生まないと思います。

相談しているときの状況というのは、まず親が関与してうまくいっていない、もしくはうまくいっていないと感じている場合があります。

保護者が何かのサポートをしたところでうまくいかない、感情的になって喧嘩をするだけで結局勉強はしないし何も解決しない。だったら何もしないほうがましじゃないか、しかしそうは思いつつも自分の子供なのでとんでもないことになるのだけは避けたい、だから結局何らかの手出しをすることとなる。でもそうするとうまくいかない・・・。

という風にどっちつかずの状態で下手をすれば結論が出ないままズルズルと時間ばかりすぎてしまったり・・・。何らかのきっかけで解決したり克服したりできるといいのですが、そうでない場合というのは少なくないんじゃないかなあと思います。


確かにこの手の相談は簡単に解決する場合というのは少ないです。

結局どうすればいいのか確実な答えというのは分かりませんが、
僕なりに考えている事を書いてみようかと思います。





ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

第二回 合不合予備 2010年7月18日 解答と解説


前回の問題の解答と解説です。

積が等しくなるためにはAとBに書かれた三枚のカードの積を素因数分解したときに同じ数字になっているということです。それ気に気がつけば、ただ単にやみくもに考えるのではなく考える方向がぐっと絞られてきます。1から9までの数をそれぞれ素因数分解すると
1=1
2=2
3=3
4=2×2
5=5
6=2×3
7=7
8=2×2×2
9=3×3
となり1から9までには素数が2が7個、3が4個、そして素数である5と7が一つずつあります。
つまり5と7は一つしかないのでAとBの二人に等しく分けることはできません。なので5と7のカードはCが持っているということになります。(説明がいまいちどうも下手ですが伝わるでしょうか。)
あとは2と3をどのようにAとBに等しく分けることができるか、ということになります。
また3がちょうど4個あり、Cはすでに5と7のカードを持っているので1枚しか持てないので、3を含むカード、これはAとBに二個ずつ分けないといけません。(理由の説明は省きますが、ピンとこない人は実際に3か6か9のカードをCが持ったとして考えてみましょう。うまくいかなくなります。)

また9は3×3で3が二つあるのでカードはどちらかが3と6を持ち、もう一方が9を持っているということになります。

これでだいぶ条件が絞られていきます。わかる範囲を整理すると

A(3,6、□)か(9、□、□)
B(9、□、□)か(3,6、□)
C(5,7、□)か(5,7、□)

となり、残り4枚のカードをどう割り振るかです。
3と6のカードを持っているほうは6の中に2が含まれているので(2×3より)9を持っている人は、3と6を持っているほうよりも2が一つ多くなるように割り振ればいいわけです。
ちょっと分かりづらい日本語ですいません。
(適切かどうか知りませんが、普段僕は勝手に素因数分解する数を「成分」と呼んで解説しています。たとえば6だったら2と3の成分を一つ持っていて、8だったら2の成分を3つ持っている、といった具合です。)

残りのカードは2しか素数に持っていないので、9のカードを持っているほうが2の成分を一つ多くするように分けると(4と1,8)か(2と1,4)の2パターンが考えられます。

つまり3人が持っているカードのパターンは

A(3,6,4)か(9、1,8)もしくは(3,6,2)か(9,1,4)
B(9,1,8)か(3,6,4)もしくは(9,1,4)か(3,6,2)
C(5,7,2)か(5,7,2)もしくは(5,7,8)か(5,7,8)

となります。

ということでCは(5,7,2)であれば和が14で(5,7,8)であれば20となります。

答え14 20


(2)
まずCが持っているカードの和は三人が持っているカードの平均と等しいということが分からないと先へはすすめません。(AがX+a、CがX、BがX-aとすると三人の和は3Xとなります、1から9までの和は45でありそれが3XなのでX=15となります。小学生には和と差で解説すればいいと思います。)

またCはどちらのパターンでもはじめに5のカードを持っているのでCからAに5のカードが渡ったということが分かります。

もしCが(5,7,8)だったとすると5をAに渡し、Bからいずれのカードを受け取っても必ず15を超えてしまいます。(7と8の二枚の和ですでに15になります。)
なのでCは(2,5,7)であったことが分かります。

CはAに5をあげてBから何かをもらって15になるので15-(2+7)=6より6をもらったことが分かります。

すると(1)より三人が初めに持っていたカードは
A(1,8,9)
B(3,4,6)
C(2,5,7)
ということが分かります。あとはA、C、Bの順になるようにやり取りさせてみましょう。ここまでくればもうやり方はどうでもいいので手作業で調べればいいだけです。

A(1,8,9)→(5,8,9)
B(3,4,6)→(1,3,4)
C(2,5,7)→(2,6,7)

答え(1,3,4)


コメントにもいただいたように5と7がカギになります。
大体どこの塾でも5年生の初めごろに約数、倍数に関することを学習します。最小公倍数最大公約数などは次に本格的に学習する分数の準備段階ですね。

その時にたいていさりげなく積の形(素因数分解)のやり方を学びますが、そのままそれが本番で出題されることはまずないです。今回の問題のように数の性質、場合の数、推理などに利用する場合が多いです。

8月の、この時期は6年生の大半は徐々に過去問に触れる機会が多くなってきます。実戦の問題に触れるという、そういう経験を通してこの手の問題は半年後にクリアできるようにならないといけません。今回のテストで解けなかった子もできれば夏休み明けには解けるようになると良いです。

お盆になると塾が数日休みになりますが、キチンと計画は立てているでしょうか。
数日とはいえ過ごし方如何で少なからず差が出てきます。

僕の指導している子供たちはとりあえずは・・・・目立った課題もなく各々、その子なりに過ごしていますが、夏休み明けのテストは心配です(汗)みんな頑張ってくれるといいんですが・・・。




ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

第二回 合不合予備 2010年7月18日




そういえば今年度から朝日新聞で中学受験の問題が掲載されなくなりました。
解説が長くならない受験算数入門編的な問題が多く、扱いやすいのでこちらでも何度か取り上げていたのですが残念です。

それを差し引いても最近算数の問題も全然載せていませんので久々に取り上げてみようかなと思います。

もうなんか時期をかなり逸している感はありますが・・・7月18日の四谷大塚の合不合予備からです。夏の時点では最難関レベルの問題ですが、ロジカルな部分が多く、つまり経験を積めば解けるような良問なので取り上げてみました。

中学受験を終えて数学に入るとこの手の問題は触れる機会がなかなかないと思うので挑戦してみるといいかもしれませんね、良い頭の運動になるんじゃないでしょうか。


問題

~~

1から9までの整数が書かれたカードが一枚ずつ、全部で9枚あります。このカードをA、B、Cの三人に三枚ずつ配ったところAが持っている三枚のカードの整数の積と、Bが持っている三枚のカードの整数の積が等しくなりました。次の問いに答えよ。


問1
Cに配られた三枚のカードの和はいくつか、考えられるものをすべてあげよ。
問2
三人がそれぞれ持っているカードのうち1枚をAはB、BはC、CはAに同時に渡しました。その結果三人がそれぞれ持っているカードに書かれている整数の和は大きいほうからA、C、Bとなり、AとCの差、CとBの差が等しくなりました。また、5と書かれたカードは最後にAが持っていました。このときBが最後に持っているカードにかかれている数をすべて答えよ。

~~


最初にも書いたように難度の高い問題ですので学力的に上位1割くらいの位置であれば解き直しをしてもいいかなという感じです。

ただこの問題の前に設問されていた立体図形の切断問題は難しいというか、形が分かっても体積が求められない人は多かったんじゃないでしょうか。こっちに比べて最後のこちらの問題のほうが良い問題なんじゃないかなと思います。


次回、解説します。


ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

過保護 過干渉  その3

過保護なんていうと、悪いイメージを持つ人のほうが多いかもしれませんが僕は過干渉という言葉と明確に分けて良い意味で使用することが多いです。

「良い親の在り方」というのは何度も話してきたので過去の内容と重複することもあるかと思います。
また現在進行形で感じたことを書いているので変化している部分や今まで触れなかったことも出てくるかもしれません。

大雑把にいえば「子供のことはよく理解していて、普段どのような生活を送っているのか把握はできているが、子供の立場からした場合あまり何かを言われたことがない」という状態でしょうか。

子供自身には親の影を全く感じさせないのに、客観的に見たら実にうまく親が立ちまわっているという感じですかね。

前々回もいいましたが言葉だけをとらえたら「それは親が甘やかしすぎているんじゃないか」とか「自立心を妨げるような行為だ」と誤解を招くような行為というのはあるのでなかなか口で説明するのは難しいところです。

誤解を招きやすい理由の一つとして「段階の違い」があるのかなと、そう思います。

つまりある子供にとってはそれは必要不可欠な親の行為であっても、ある段階を経た子供においてはもはや親が介入する必要のない行為である、そういうことがあるからです。

ですから状況や段階に応じた話であるなら分かりますが、全ての子供に対して普遍的な良しあしの定義というのはよほど慎重に考えないといけないなと思います。


いろいろな段階はありますが、今回は大雑把に学力が備わっていない子どもの場合、つまり勉強する習慣というのが根本的についていない場合と、受験生として上位の成績を維持している子供の場合について何か一つ書いてみようかなと思います。


学力が高い場合であれば話は早いですね最初に書いたように「親の影を全く感じさせないのに、実にうまく親が立ちまわっている」ということが個性はあれどみな一様に実践できているんじゃないでしょうか。
その秘訣は・・・
よくわかりませんが・・・
基本みなさん素直なんじゃないかなと思います。
人の話を表面だけでなくきちんと聞いて取り入れるべきか真剣に熟慮して取捨選択を行う柔軟性が高いのだと思います。


んまあごくごく当たり前の話ですね。珍しいことをなにも言っていないので耳元だけでスルーされそうな心にとどまらない言葉かもしれません。


しかしまあ、世の中当たり前のことが当たり前にできるっていうのが意外に大変なんじゃないかなあと思います。それができないからいろんな人がいるわけでして。

ですから謙虚に素直になんて、当たり前と思わずに童心に立ち返ったつもりで省みると案外いろいろな気づきがあったりするかもわかりません。

さあ、こちらは長くなりそうです。


子供の学力が備わっていない場合、最初の段階としては現状をきちんと受け入れゼロの状態からスタートが切れるかどうか、最初の一歩としては重要なんじゃないでしょうか。
ピンとこない方がいるかもしれません。(具体例をあげるとやじが飛んできそうなんであまり気が進まないのですが)まあ要は背伸びをしてしまうということですね。

現状を受け入れていない保護者のパターンとして多いのが「言っている事が正確に伝わってこない」というケースです。

たとえば僕のような家庭教師において依頼の話がきた際に、保護者が子供の現状をあいまいにしか説明せず「まあ成績は真ん中くらい」と「良くないです」「大体いくつ(くらい)です」といった具合に具体的な成績を開示しない(もしくはできない)場合です。
成績は伸ばしたいという気持ちは溢れんばかりなのに、肝心なことは不明瞭であったり、もしくは隠していたり(あるいはわからなかったり)と、乱暴な言い方をすれば大人の身勝手さしか伝わってこないわです。やはり、身勝手なんだと思いますよ。大人の都合です。

こういう場合、ただ隠しているというだけでなく親自身も腫れ物に触るような感覚で実は「なぜ」「どのような理由で」子供の成績が悪いのか本質的な部分で理解しようとしない場合が多いです。

成績の良しあしで人の目が気になるのというのは理解できないわけではないですが、僕としてはそんな状態じゃ、先へ進めないし、先へ進みたいという覚悟もいささか疑問です。
いずれにしても目先の数値が気になって学習方針にも大いにぶれが生じたりするわけです。教え方だったり、通塾そのものだったりと・・・。

ほっといて成績が伸びる子供ならとっくに伸びているはずなんです。

ほっといてはだめな子供なら親もその前段階の教育方法で子供に接しなくてはいけない、出来る子のようにはいかないのです。その手間をかける覚悟が必要だと思います。

保護者が子供の状況がいざという時に克明に説明できない状態というのは、成績の悪い子供においては「過保護」さが足りないような気がします。
「別に成績を無理に伸ばしたくない」、「子供の自由」「本人次第」というのであればいいのですが、子供の成績を伸ばしたいのであればそこは親の避けて通れない教育段階の一つであると、僕は考えています。

学力の高い子供の家庭というのは、その子が生まれてからいつ何時かに、必ずそういう段階を経ているはずなのです。親が意識していたか、していなかったか、自覚症状があるかないかにかかわらず、必ずそういう段階があるはずです。
僕はそう考えますね。
あまり遺伝的な要素には関心がありません。生まれてきてからの環境においてこそ、変えるなり、それが無理なら取り組む姿勢を変えるなり、改善の余地はあるんじゃないでしょうか。

今回の話は「過保護」であるということとはなかなかつながらない、そう思う人もいると思います。
でも「過保護」でなくては、子供は見えてこないと思うんです。
実の子でもわからないことはたくさんなるんじゃないですかね、「何考えてんだかわかんない」なんてならないうちに子供の目線で子供になったつもりで子供の1日を出来る限りイメージする。

塾に行く時はどんな心境か、テストを受けるときはどんな気分か、なんでもいいからあらゆることを想像してみれば、おのずと自分の子供に対して何がしてやれるのか分かると思うのですが・・・当事者じゃないから分かりませんけど、そう思います。

そういえば、保護者の不安が徐々に大きくなる時期ですね。
秋はもっとですが、夏休み前は、やはり多くの人が大きくなる時期ですね。

親の気持ちは子供に何らかの形になって伝染します。そして親の不安が子供を傷つける場合があると思います。大げさではなく、子供の表情の違いに気が付けるといいのですが。

まあまあ、湿っぽくなっても何なんで、体を冷やしすぎないよう注意したいもんです。
こんな日々ですが長そで長ズボンでねてますよ、僕。

いや、なんかね、もう代謝がね・・・・とくに子供見てると痛感します。
いくら暑くとも半そで半ズボンじゃ、どうも駄目見たいです。

みんなで健康に気をつけましょう。

ブログ村に参加しています。
↓こちらでは様々な中学受験に関する情報が満載です。

塾の話や教育に関して、家での勉強法など多岐にわたります。


なにかしら参考になると思います。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
オススメ
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。