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人間力


中学受験後はどういう生活が待っているのか、数年前に比べて気にするようになりました。

せっかく合格してどこかの学校に入ったとしても、そこでの生活が実りあるものでなければ何ともつまらないものです。

今年一年興味のある記事を取っておいて、いつかブログでも書いてみようかと考えていたんですが、そのほとんどが机にしまってあるだけです・・・。

あらためて読んでみると大学受験、その後の就職活動、そういったことに関する話題にも注目していました。

中学受験とは関係ないようで関係あるような話なのですが直接的ではないのでいつも後回しになってしまいます。まあ、また話す機会があれば取り上げたいです。

んで、今回は私立、国立の学校の家庭科について、新聞に載っていたのを取り上げてみようかと。

「家庭科、熱い男子校」というタイトルで家庭科に力を入れている男子校が取り上げられています。
写真では麻布高校、記事内では桐朋、筑駒、洛星と最難関クラスの有名進学校ばかりです。

私立だけあってそれぞれの学校で行われている家庭科は実に多様です。
調理や裁縫に力を入れているだけでなく、社会問題を扱っている授業もあるそうです。

たとえば洛星では調理用具やミシンなどが整備されて裁縫もできる多目的用と家庭科専用の教室があるというのですからかなり力を入れていますね。高校の料理研究部は全国高校生食幾選手権で優秀賞に輝いたそうです。
男子校に料理研究部というのも珍しいですが、そんな選手権があるんですね・・・知りませんでした。また三年前から25組の赤ちゃん連れの家族に来校してもらい中学3年生全員との交流授業をしているようです。育児体験ということですかね。

筑駒では「中学受験をするには専業主婦のほうがいいのか?」という「仕事と生活の調和」をテーマに授業に取り上げたり、また同校の教諭は自身が二児の父親でもあり、自らの子育て体験も交えて授業をしているようです。
「結論を出すことが目的ではなく、似た環境で育った生徒が多いので、家族や社会の多様さを学んでほしい」というコメントが印象的です。

家庭科は1994年から男女研修になりました。僕が高校に入る頃には確か「生活」(・・・?)というような名称で存在していましたが、正直家庭科からは程遠い授業だったと記憶しています。

麻布では1996年に保護者の運動で中学では「生活科学」高校では「生活総合」という科目名で家庭科を導入したそうです。
高1の夏休みには産婦人科の病院での子供の世話や遊び相手、老人ホームでのレクリエーションの手伝いなど18のメニューから選べる体験学習があるようで。うーん、そのいきさつがいかにも麻布らしいですね。

最後に高校一年生のコメントがまた実に殊勝です。

八ヶ岳で有機野菜を作る農業体験をするこの高校1年生は
「勉強ばかりしているよりも、身近な事が出来ないと人間としてだめなんじゃないかと思いました。」だって。

・・・真面目だ・・・。

いやあ、素晴らしいじゃないですか、学力の高い人間の多くがこのような考え方ができるといいのですが。

偏差値の高い進学校でこのような風潮があることはとてもいいことなんじゃないかと思います。

何のための高い学力なのか、本当の意味で社会に貢献するリーダー、エリートとなり得る人間には何が必要なのか、個人的な考えとしては中学受験に臨む全ての親がそういうことも視野に入れて考えると素晴らしいんじゃないかなと思います。
多様さを学ぶ、と言えばいいんでしょうか。

単純に何か一つの物差し(学歴など)で人の優劣を図るのではなく世の中にはいろいろな立場や環境の人がいて、また様々な価値観で生きているということを学ぶことは重要だと思います。

社会的に高い地位に就く人には特に学ばなくてはいけないのがそういう広い視野や柔軟な考え方なのかなと、大学受験や就職活動の話題をみるたびにそう思います。


決して多いわけではありませんが小学生でも自分の「夢」というよりも、もう一歩具体的な「将来のビジョン」につながるような考えを持っている子供に出会います。

ちなみに自分も、家事はします。
まあ同世代の人間のように始発から終電まで仕事をしているような人間ではないので自分の裁量でどうにかできる時間が比較的多いほうだと思います。

仮に自分が会社勤めの人間になったとしても、「仕事しかできない人間にはなりたくない」という考えは持っていたと思います。

特にアトピーになってからは食事のことにも意識が行くようになりましたし。

あ、料理もしばしばします。地元のスーパーのチラシは毎週大体チェックするような男です。

あとは気功やヨガの本を読んでいくうちに自分の考える「自立した人間」になりたいという思いはより強まったように思います。

バブルがはじけて、就職氷河期、少子化、その流れは僕が中学生になってからくらいですが自分が社会というものを考えるようになってからのそういう流れは、様々なことが一つの線につながって感じることがあります。


自分は自分の立場で、今指導している子供たちに何ができるのか、受験後の人生に良い影響が与えることができるのか。遠いようで近いのかなと。


すいません、前回に続いて中学受験に関係あるようなないような、そんな感じの話題を取り上げてみました。





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一生背負う覚悟


ぼくのピアノの先生ははっきりと年を聞いたことはないのですがおそらく50前後かと思います。

ピアノの先生の音楽関係の知り合いで開成中高出身で慶応医学部卒の医者がいるそうです。
生徒なのか、演奏仲間なのか、楽器は何だか忘れましたが、そのおじさんの同窓会かなんかで演奏する機会があったらしく開成出身が集まる飲んだくれ集団(先生曰く)と話す機会があったそうです。

医者になったその人は児童心理や鬱などそういうことを専門としている人なんだそうです。(又聞きなので詳しいことは分かりませんが)

「その人が言うんだよね『自分と同期ですごい優秀な奴がいたけど東大行って学生のうちに自殺した』って。それでね『今こうやって集まってるけど自分も含め中高の頃は成績がみんな悪くてね、そいつの半分も取れなかったこともあるよ』っていうんだよ。あたしは詳しいことは知らないけど結構自殺する人とか多いんだってね。」

何を比較対象として多いと定義できるかは分かりませんが、その医者のおじさんの周りでは何人かそういう人がいるんだそうです。あとは「早くして亡くなることも多い」ということをピアノの先生に話すらしいのです。

「その医者のおじさんはさあ『今でも親は恨んでいる』っていうんだよね。あたしは音大受験だからよくわかんないけど中学受験ってのはたいへんだねえ。」

とまあ、そんな話をしたわけです。

どの道でも最高峰になるというのはとても大変ですが東大や慶応卒の医者なんてのはまさに学問のエリート中のエリートですね。

でもそこまでの高みにたどりついた人間が30年以上たった今でも「親を恨んでいる」のだそうです。
心の奥底に刻まれた何かしらの傷が30年やそこら、時間が経過したぐらいでは癒えやしない、忘れることはできないものとなって残っているわけなんですね。想像するだけでもなんとも重みがあります。

3,40年前といえば開成高校の東大進学人数が日比谷高校を抜き始めたかどうか、そのころだと思います。

今ほど中学受験そのものは過熱していなくとも御三家クラスに入学するのは容易ではなかっただろうし、また入学後の勉強の大変さも今と大きく違ってらくだった、ということはなかったと想像しています。大学受験が控えていますからね。


周りがうらやむような地位を得てもその過程が、トラウマや人生の業となることは少なくないのかもしれません。こういう類いの話を聞くといつも思います

本人以外の保護者となる誰かがどれだけの労力をかけたか想像もできませんがそれもそれでかなりのものだった可能性があります。

度々、取り上げるのは三回目ですが朝日新聞の「塾激変」のシリーズの最後の締めくくりでこんなことが書いてありました。

~~

受験勉強をする中で子供を怒り、自信を失わせてしまう親をたくさん見てきた。必死だからこそ、子供を追い詰めてしまう。ぎくしゃくするのは親子関係だけではない。教育方針の食い違いから、夫婦で意見が対立する家庭もたくさん見てきた。
「中学受験を通して、子供は幸せにならなければならない。でも、不幸になってしまう子もいっぱいいる。合格だけでなく勉強して良かったと思える受験をしてほしい。」

~~  

2010年10月7日 朝日新聞 10面より


受験は大きなイベントで正直、合格すればその後の子供の人生にとても良い影響を与える可能性を秘めています。ですがその分リスクもないわけではありません。ましてや開成に合格しても幸せを実感できない人すらいます。

そういう可能性がある、それを一生引き受ける覚悟を持っておく、というのは大げさなことではないように思います。

受験を通して子供を幸せにする義務、それは目に見えた結果だけという単純なものではないです。
個々人100者100様、それぞれの幸せを保護者は各々見極め、導いていかなくてはいけない、そんなふうに考えたりするわけです。

「人生をいい方向に」と前向きに考えるのと都合のいいように考えるのは違うと思うわけです。

僕にとっては、こういうことを良く考えるというのは受験の時期が迫ってきた証拠です。




合否を超えた何かを得ることができれば、とまあそんな感じの今日この頃です。




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教える仕事

先日ピアノの先生と雑談としていたらいろいろ有意義な事を聞くことができました。

その中で僕が家庭教師というのを生業にしているのを知っているので「変な生徒、困る親」という議題になりました。

というのはピアノ教室なので、僕のように成人した人間が習いに行く「大人初心者向け」よりも小さな子どもたちにピアノを教えるほうがメインなのです。


すると当然「親が付き添い子供のレッスンを傍で見ている」そういうスタイルになるわけです。

この先生一見すると占い師だがなんだか素性のわからない魔女のようですが、僕にとっては心強い指導者です。
技術はあっても教えるのは・・・という先生は少なくないのですがこの先生はメソッドも明快で一つ一つの技術を学ぶ段階が非常にクリアなんですね。

なんで、いつかは満足にピアノが弾けるようになりたいなあ、という自分の野望(・・・)もかなえてくれそうな気がしないでもないような・・・あ、イヤちゃんと練習してますよ、そりゃ勿論・・・。

まあ、それはどうでもいいんですが、困る親について。

「正直才能がない人間、むいていない人間はいるね~、もちろんそれはピアノということに関してだけの話であってだけど、やめさせるべきだと思う子供はいるよ」
つづけて
「まあ、こっちも仕事だから、言うべきことは言わなくてはいけないしね」
その感覚は分かる気がします。注意しないでいい、適当に流してればいいってわけにはいかないと思います。


「それでね、以前6歳の子供でね、明らかにピアノ弾くのが嫌な子がいたの」
「ある時、こりゃまずいと思ってまずお母さんにはその場から退席してもらい、その次に子供から事情聴取したわけさ(笑)」
「『ねえ、00ちゃんピアノ嫌い?』って聞くとね、恐る恐る『うん』っていうの。でね、もう少し突っ込んで聞いてみると昔ピアノの発表会で失敗したときにバカにするようにお母さんが笑ったらしくそれ以来、レッスン中いつもバカにされているような気がするっていうんだよね、そのまま子供は大泣きよ。泣きながらいろんなことを話すわけ。」

「はい、そしてお母さんに交替、子供は退室してもらってさ。お母さんに子供がどういう思いでピアノ弾いてるか話すわけよ。そしたら今度はこっちが大泣きでさ、『私はそんなつもりじゃなかった』っていうんだよね。」

僕がその話をきいて間髪いれずについムキになって「そんなつもりかどうかが問題じゃないですよね」というと

「そうなんだよ、どんなつもりだろうが罪は罪。悪いのは母親だよ。どう考えてもね」と先生は言うわけです。
「ほんとうにね、可哀そうな子はいるよ、だからね。誰かがストップさせなきゃいけない。まあ引導を渡すというか、それも仕事みたいなもんだよね。」

結局先生にとって(才能のない子)というのはやる気のない子供なんですね。
そして勝手に付け加えさせてもらえば、あまりにも無理やりやらされ過ぎて行動力が著しく低下した子供なのかなと。それが才能のない子なんじゃないか、僕はそう解釈しています。


他にも「変な生徒」の話などではおもしろいエピソードがいくつかあるのですがそれは今は割愛します。

それよりももうひとつ興味深い話があったのでそのことについて触れてみようかと思います。



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価値観




数日前とんでもないニュースを見ました。

なんでも代ゼミが医大受験生のために1カ月の集中講座を行うというもので、その費用が500万円。
講師が24時間体制で、豪華ホテルで豪華な環境でうんぬん・・・・、ンで1月500万円。
結局1人も集まらず、主催者の体調不良だかで(どこまでに何が本当だか分りませんが)中止となったそうです。

理由づけなんぞどうでもいい気がしますが、集まらなかったという事実を少しでもごまかそうとしているような気もしないでもありません。

なんともバカみたいな話で、その値段設定をした代ゼミの神経を疑います。
理由の一つには開業医の子供を医者にするならその金額でもニーズがあると踏んだようですが、足元を見るような商売と批判されても何も言い訳できないような値段だと思います。


しかしまあ、言うだけ言ってなんですが。

お金の問題は難しいですね。


人それぞれ物事に対する価値観というのは千差万別です、ある人にとってはどうでもいいものでも他の人には何よりも代えがたいものにもなるわけですから。



先日少し取り上げた「塾激変」という朝日新聞の記事ですが昨今の中学受験においての親保護者の塾選びの形は一昔前とはずいぶんと違うようです。

集団塾といえども僕が通っていたころに比べて一クラスの人数がだいぶ減りました。多くても20人弱、30人まで行くとなるとかなり珍しいケースになりますね。僕よりももう一世代前であれば40,50人というのも普通に存在したようです。

今回の朝日新聞の記事だけでなく、昨今は子供の人数が目に見えて減っているという事実のほかに、親の塾選びの目がシビアになっているということから塾側も大変だ、そういう話は聞きます。


今回の記事では私立の中高一貫に通う保護者73人にアンケートをしたら31%が転塾経験ありと答えたそうです。アンケートの母体人数が少ないのでそれで全体像が見えてくるとはおもいませんが、それにしても高い率ですね。
10年ほど前なら一度はいれば卒業まで在籍というのが普通だったが最近では三カ月で成績表をみて「上がっていないから」とやめてしまう人もいる、そんなことも書いてあります。


今はネットなどからかなりのことが分かりますし、そうでなくとも実際に複数の塾を体験授業させる保護者というのも増えてきているように思います。「この地域ならこの塾に行くのが一般的」というようなケースが減少し、都内であれば大抵どこでも塾同士の競争が激しくなっているんじゃないでしょうか。

新聞の記事ではアンケートを取った研究所の代表いわく
「かつてなら生徒の多さが良しあしの基準の一つだった。今は塾が多様化し何を基準に選べばいいのか難しくなっている。事前見学できない塾も多く実は十分に調べられていない」との指摘です。

最初に挙げた例じゃないですが塾も塾で相対的に見たらバカみたいな値段をさも当然かのようにふっかけてくる例もあります。
それを考えると親の目がシビアになり様々な角度から入念な下調べをするというのは取り返しのつかない失敗をする前の一つの防衛策であり「塾側も大変だ」といっているわけにもいかない気がします。

しかしこの記事の最初に書いてあった塾側の「非常に短時間で結果を出さなければいけなくなった」という言葉に込めた想い、と言えばいいんでしょうか、それもわからないでもありません。


塾選びに悩み過ぎてあらぬ方向に行ってしまうケースというのも珍しくありません。自分たちのニーズが明確にイメージできている場合は良いのですが、実は存在もしていないようなものを求めてしまう、ということもあります。

うまく例をあげるのは難しいのですが「そもそもそんなものは求めても仕方がない」「おそらくそれを求め満たされても当人は満足できないであろう、もしくは満たすようなものは存在しない」というようなケースを見かけることがあるのです。

うーん、そうですね・・・就職活動などで当てはまる例がありそうですね
「就職したけど、こんなはずじゃなかった」とやめていく若者に対して
「何を馬鹿な、そもそも仕事というものの本質を分かっていない」という会社側の心境でしょうか。

何か少し違うような気もしますが、そんな感覚に近いような気がしないでもありません。


塾や家庭教師、そういったものの良しあしが子供に与える影響はとても大きいと思いますが、家庭環境の良しあしの影響力というのは同等かそれ以上に大きいのではと、僕はそう考えています。

これは責任転嫁でもなく家族というものの定義を考えたら、ごくあたりまえなことのような気がするのです。
受験勉強は教育の一環でありさらには育児の一環なんじゃないかと、僕はつくづく痛感します。

法外な料金を請求するほうも、それを出しさえすればどうにかなると思っている人がいたとしたらそれも問題だと思います。(幸い500万だそうとした人はいなかったようですが)


塾選びがシビアになったというよりは価値観が多様化してきたという印象のほうが強いです。そして意外に自分たちの価値観やニーズを満たすものはなにか、明確にイメージできていない人も少なくありません。

習い事の有無、狙う学校のレベル、たったそれだけでも価値観は様々存在します。(多くの場合、最難関レベル合格への過酷さは挑戦して初めて実感するものですが)

受験本番が近付いたのこの時期、何かにつまずづいたり不安になったりしたときに、「自分たちはどうしたいのか、何を目指していたのか」初心を思い出すというか、入塾当初の感覚を思い出すと心の軸や方針が改めて定まることもあるかと思います。

保護者はどんな時でも自分たちが最後の精神的支柱であるということを忘れずに、子供もそれをよりどころにすることができれば「価値ある受験」を終えることができると思います。


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課題の克服



11月になると埼玉受験までおよそ二カ月半です。
毎年この時期の時の流れの速さを感じますが埼玉県の私立が増えてきた昨今それがよけいに強くなってきた気がします。


6年生の多くは過去問に取り掛かっているかと思います。
過去問は一番重要な参考書でもあり、かといって早い時期に扱いすぎるとなかなか効果の発揮できない意外に取り扱いの難しいテキストであります。志望校の問題をよほどのことがない限り5年生のうちから子供に解かせようなんてことは(単問での扱いは別として)まず考えないでほしいものです。

原則、塾の先生のように子供たちを相対的にかつ客観的に判断できる人間に、いつどれくらいのレベルの学校の問題を演習するべきか指示を仰ぐのが安全な方法かと思います。

また過去問などに触れると弱点が分かってきて「ある単元を弱点補強したい」そういう思いに駆られることもしばしばあるかと思います。
過去問に触れていなくても夏休み後に思うような結果が得られなかった場合「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」なんて不安や焦りが強くなる場合もあるかと思います。

しかし、実際6年生の受験生になれば分かりますがこの時期はとても忙しいです。
朝から夕方まで小学校に通い、週3,4回は夜の8時9時ごろまで塾に通い帰宅時間は10時位なんてのも珍しくないです。おまけに日曜祝日は少なくとも月に一回はテストがあり、なければないで朝から晩まで日曜特訓。
そんなんだから、日本一忙しいのは中学受験生の小学生とかいわれることもあるわけなんです。

とにかくですね、一週間の中でまとまった時間を作ったり毎日ある一定の時間を確保するのは難しくなるわけです。

そういうことがきちんとできている人もいますがやはり少数です。1割にも満たないんじゃないでしょうか。ましてや親から見て満足する時間の使い方をしている子供なんてのはほぼ皆無です。


何が言いたいのかというと、そんな忙しい時期なわけですから大きく学力を伸ばそうと試みる場合、よほどの強い意志と覚悟やリスクを背負わなければいけません。

たとえば現状の学力から大きく離れた学校を志望する場合、「一発逆転」というのはないわけではないのですが、確立だけでみた場合それはとても低いし、実際はいろいろな事を効率よくこなし対策をきちんと立てた場合のみ与えられる可能性なわけなんです。運というのもないわけではありません。

そんな極端な場合でなくとも、たとえば子供たちをみていて「ああ、これが弱点だな。ここら辺をどうにかしたいな」と思ってもそれをなかなか克服する時間が作れないのでもどかしく感じることもあるのです。

課題なんてのは見つけるのは案外簡単なんですが、実際それが改善できるか否か、そこが重要だと思うのです。

ですから「あなたのお子さんはこれが課題ですね」とかいっても、そもそも物理的にできもしないような課題であれば言いっぱなしになってしまうので口にはしないよう気をつけています。

この時期はその判断が難しいなと、最近考えるようになりました。

どう考えても時間がないのですが、それでも明らかに「これをどうにかしなくては、仮にそれを克服することで大きく変わることがないにせよ、明らかに前進する」と思われる場合(勉強というのはその小さな一歩の積み重ねですが)、言うは言うけれども・・・という感じになってしまいます。

あとは価値観の問題もありますね、他の何かを削ってでも(大体は「塾の授業を休む」その次には「学校を休む」という選択肢くらいしか残りませんが)その学校に受かりたいのか否か。

また最難関クラスになればクセの強い問題が頻出する場合もあると、この扱いはさらに難しいです。
やるべき方向性は見えているのに、当然難度が高いので心身ともに負担がかなりかかります。それを克服するためにまとまった時間を作るには結局のところそこまでの素養が大きく影響するわけですね。

5年生のうちに、基本を身につけ、6年生の夏休み明けまでに総復習がきちんとなされているか否か、その重要性はその直後、つまり秋のこの時期に痛感します。

「あれが課題だからちょっと頑張って取り組んで定着させよう」というノリは残り半年にはなかなかできないことだと思います。少なくともそれまでの時期のようにはできないです。

大半の受験生はあわただしい状態で受験を迎えるのが現実ですが、4、5年生のころの過ごし方というのは後々になって本当に重要になってくると思います。
来年再来年受験を迎える人でこのブログを除いている人もいると思いますが、目先の点数にこだわりすぎず、大きな視点で勉強の本筋をつかみ正しく理解定着させることができると残り数カ月となったときに大きく差に表れるんじゃないかと思います。


今年度もいよいよ終わりへ向けてのスパートが切られたと感じる今日この頃です。



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プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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