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○○殺し

〇〇殺し

物騒な言葉ですが・・・・。

今日ねAERAを買ったんです。
いや、普段買いません僕は。たまたまミュージシャンの特集がやってたので。

昨日はね、どうしても副都心線に触れたくて横道それましたが今日は話を戻します。今日もひどかったです。あの電車そのうち問題になるんじゃないかな。

あ、すいません今日はそれ関係ないです。

アエラ読んでたらついつい秋葉原の記事に目がいきました。

前々回の記事のまとめを書こうと思いましたが、この話も決して無関係ではないですね。どちらかといえば密な関係かと。交えて話していきたいと思います。


前々回までの記事の話を持ち出しますが、僕はこういうことを書きました。

塾に言われた宿題を子供がやっていなかった。
テストを返されたのに隠していた。

お母さんがこれに気がつかなかったという話です。

この二つの出来事を書きました。これにはもう一つの可能性があると書いたんですが。

僕が思うに、お母さんはうすうす気づいていたんじゃないかなと推測するわけです。子供がちゃんとしていないことを。でもあえてもう直面したくなかったのかもしれません。子供が宿題をやらなかったりテスト隠していることに。怒るのも嫌で、気分が悪くなるのも嫌で。もうどうしていいかわからないくらい母親も疲れ切っていたのかもしれません。

とにかく言えることは、それだけ精神がぶれやすいものです。中学受験は。出口がないとまでいかなくともある一つの悪い流れにはまっていることに気がつかず、ズルズルといってしまうこういうことはよくあるわけですね。一週間経つと家の雰囲気がかなり変わることがある、以前こう言いましたが今回のケースのように長い期間をかけて積もりつもった負の感情が家族中に根付いている場合もあると思うんです。

少なくとも僕はこの件に関してそう考えています。このケースでは母親に問題があったかもしれないにせよ、それに拍車をかけたのはおそらく父親です。そう考えています。もっといえばそんな父親を育てたその両親にも問題があったのかもしれませんね。親がダメな場合、その親を見よ、そんな言葉を聞いたことがあります。


親殺しに子殺し。今や別に珍しい話じゃないですよね。僕の記憶だとあの少年Aでしたっけ、あの近所の男の子を殺害した事件です。あれくらいからそうした残忍性の高い事件というのはそれまでにないくらい頻度が高まってきたと感じます。

僕がまだ知らないだけかもしれません、昔は昔でいろいろあったかもしれませんね。たとえば戦後直後の自殺者は近年をはるかにしのぐそうですね。それだけ時代が閉塞感に包まれていたのかもしれません。まあそれは置いといて。

僕はこの仕事に関わって思うのは中学受験、いや受験全体がそうかもしれませんがやはり特殊な環境を作り出すものだと思います。今回の秋葉原の事件のような温床は間違いなくあると思います。大げさに聞こえるかもしれませんね。でも今回のお父さんのような事例は現に存在しますし、人間である以上誰でもそういうことをしてしまう可能性はあるのかもしれない、それくらいに考えていいんじゃないかと思うんです。

一番怖いのはこういうことを対岸の火事にすることで、自分の岸もぶすぶすと燃えていることに気がつかないことですね。これは外の人間だからこそ見分けがつくのかもしれません。

中学受験のような過酷な環境ではだれでもどうとでも変貌する要素がある、そんな気がすることがあるんです。

日本全国大勢の県民からすれば、関東首都圏、関西などのおもな都市の受験事情は異常に映るでしょうね。11,12才の子供がこんな馬鹿みたいに勉強して、親がこんなにも苦労しなければ難関以上の学校には手が届かない、普通に考えれば、気の毒を通り越し、引いてしまう人がいてもおかしくないと思います。

誤解を招くかもしれません、けど敢えて言います、犯人に共感はしませんがおよそどんな思考回路に至ったか、想像はできます。おそらく僕と同じ世代の人間にはそういう人は少なくないと思います。アエラの記事もそのようなことが書かれていました。犯人の生い立ちを見てまるで自分の様だと、そう考えている人が存在するようです。

生い立ちがおなじとまでいかなくても親に対する被害者意識の強い人は、共通してこの思考回路は多少想像できるのではないか、そんな風に考えてしまうのです。かなり乱暴な意見ですが。

自分の日常のすべての事を天秤にかけた時、トラックに乗って突っ込んで、そのあとは人を刺す、こういった行動しか選択肢にないというのはどんな感覚なのでしょうか。

話の規模は小さくなりますが、いつかはばれるかもしれないのにちょっと成績の悪かったテストを隠して親にウソをつこう、その選択肢がほかの選択肢と天秤に掛けて残った。

今回僕が話した女の子の心情はどんなものだったんでしょうか?これがいわゆる子殺しというのかもしれませんね、子供に逃げ場を与えず追いつめて追いつめて。


今回のケースで子供がテストを隠してもうどうしようもない、これを解決するにはどうすればいいんだろうと僕なりにも考えたんですね、当時。

まず最初にやるべきことは両親が子供に頭を下げることなんじゃないか、そう思いました。「そこまで追いつめて申し訳なかった」と。およそこの両親がそんなことを言えるとは想像しにくいですが、僕はそれが大事だと思います。じゃないとあの女の子おかしくなりますよ、そこまでいかないにしてもリミッターはすぐに外れやすい状態になるでしょうね。

これは本で読んだのですが売春をする女の子に共通して言えるのは「自分を愛していない」のだそうです。もっといえば親に自分を肯定されていない、もしくは極端に少ない、そういうことの積み重ねが自分を愛さない人間にするそうです。

僕も家庭教師をやっていながら受験とはやや異常なものだなと思います。今の現代社会も相乗効果となってその異常さに拍車をかけている部分もありそうです。親が送迎なんてね、考えられないですよ、小学生といえど僕の時代は。それくらい危険な世の中なんでしょうね。

でもね、過酷だけれど、かけがえのない経験だと思います。とてもとても。受験をすることでとてもたくさんのものを得て、親子でとても成長する、これも事実なんじゃないでしょうか。異常とは言ってもそのバランスは難しいでしょうね、じゃ、何が正常かって話にもなります。


だけれども。一番肝心なものだけは忘れたり失うと、僕があげたようなケースにもなるだろうし、秋葉原の事件にもつながるんじゃないでしょうか? 強引でしょうかね?大げさですかね?僕はそう思いません。またそれくらいの心構えで御家庭と接していたほうがいいと思うんです。心配し過ぎて何も起きなければそれがやっぱりいいじゃないですか。人を殺してからじゃ、やっぱり遅いわけですね。

子供がどうしても勉強しない、嘘まで突く。

もう一つの解決方法として、ここまでひどくなるなら受験をやめたほうがいいと思います。人生という価値観から見ればよいのではないかと思います。受験だけの価値観にとらわれればゲームオーバーでも。
そこまでかけた時間とお金を考えれば絶対にあり得ない選択肢かもしれませんね。でもそれを選択肢に入れないと子供にとんでもない行動に走らせる選択肢を作ることになります。
受かってもね、その後に必ず障害が発生します。当然後になればなるほど厄介でしょうね。

秋葉原の事件で犯人の親がテレビで会見して泣き崩れたそうで。
ずれている気がします。うまく言えませんが。なんか違う気はしますね。けして気分のいいものではないですが、何かそういう意味じゃなくて、そう、ずれているんですね。

うーんいつまでもまとまらないですね。

そんな簡単な問題でもないし。

ただやっぱり受験は親子で楽しく取り組んでほしいし、それは不可能ではないと思うんですね。「勉強は嫌いなものなんだ」これは多くの人がそう思うでしょうし事実でしょう。でもね「勉強は楽しいものなんだ」と思えるほど好きになることも可能です。そうすれば大変でもやれるんじゃないでしょうか。そして小学生には保護者の協力があってこそ、それが可能だと思います。




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No title

思うのは、子供を追い詰める親も、犯罪に走る子供も、どちらも追い詰められているのではないかと言う事です。

昨日までの記事の親御さんも、どこか歯車が狂ってしまったにせよ、子供の事を思い、自分が正しいと思う道を示していたに過ぎないんですよね。

非行に走る子供も、犯罪に走ってしまった人も、判断を誤ったにせよ、そのときはそれしか道が無いと考えての事だと思います。

正しい道、正しい選択、正しい指導って何なんでしょうね。答えが無いこの答えを求めて、みな模索しているんでしょうね。

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No title

>bmxhx502さま

親に愛されている実感、これはとても重要なことなんでしょうね。
愛されていないと実感している人間が昔に比べて増えてきているのかもしれません。極端なことを言えば愛されていることさえ実感できればもはや成績や合不合はどうでもよくなるかもしれませんね。そういう御家庭では落ちようが成績が下がろうが、それはそれで残念だったり嫌だったりしても乗り切る、成長する術を知っていると思うのです。

表現することの大切さは本当に痛感します。一見べたで、ともすると恥ずかしいと思う言葉が胸の奥に響くことはよくあることだと思うのです。

秋葉原の事件の犯人の父親は実際傍観をしてきたようですね、実際どうであれ子供がそう感じている以上、やはりそうだったんだと思います。父親はそうじゃないと言い張っても。思いが表現できなければ、伝わらない、というのは仕方がないのかもしれません。

>とおりすがりのものさま

貴重なご意見ありがとうございます。
おっしゃるように延長線上にみんなたっていると思います。避けられないでしょうね。
その環境の中どうふるまうか、これが重要な気もします。

落ちること負けることにとても敏感な子供はいますね、当然のことながら親がそうなんですね。そのなかには中学受験が人生の価値観に大きく食い込んでいる人もいるでしょうね。

外からその家に上がりこんでいる自分は、それをそれとなく気付かせ修正させる義務があると考えています。効果が微弱であれ。

もちろんそんな家族ばかりではないです。とても人格的に素晴らしい、自分が恥ずかしくなるような御家庭もたくさん見てきました。
そういう御家庭で共通していることは、おっしゃるような自己存在を否定しない家庭なんですね。落ちてもいい、勉強しなくてもいい、それは親としてはとてもとても残念で、そうあってほしくないけどもし自分の子供がそうだとしたら、心の奥底ではしょうがない、そう思う覚悟がある気がします。

>おじゃまいたしました。

とんでもないです。公開したいくらい大事な意見でした、ありがとうございます♪

>尾場ちゃん様

ああ、もうきれいにまとめてくれていますね(笑)
ありがとうございます。要はそういうことですね。

だからこそ誠意とか真摯ということが大切なのかと、人間は誰しも失敗するものです。でも思いがあればそれは相手に伝わるんじゃないかと思います。

僕は言い訳するわけではないのですが、能力はなくともできることはしっかりやらなければと考えています。

指導上僕は子供たちに助けられることもよくあります。でもねそれでいいと思ってるんです。(すいません仕事なのに)でもね、「なんでもできる」というよりは「自分はこれはできない」ということは大事なのではないかと。もちろんそんなんばっかじゃ本末転倒ですけど。

答えはなくとも模索する、それをあきらめないことが大事なのだと思います。

>CiaoCiaoさま

コメントありがとうございます。
いろいろお察しします。これからの8カ月は踏ん張りどきですね・・・ええと、親が(笑)
なかには仲のいいお友達やお母さんと切磋琢磨してというのもあるようですがおっしゃるようにどこまで絆ができているのか人それぞれでしょうね。

実際どんなに仲が良くても片や合格、片や不合格となれば心情的に平常でいるのは難しいでしょうね。

だからほかの御家庭とは適当に距離を置くというのが最もいい方法なんでしょうね。

自分は中学受験の経験がない、これは場合によっては大きな支えになると思います。自分の経験を抜きに物事をまっさらに見ることができるからです。中学受験は10年前と今でも大きく違います。つねに毎年変化し続けていますから。

ですから、自分は何も知らない、こういう姿勢から物事を見ると実は多くのことが冷静に正しい判断を下すことができると思います。

CiaoCiaoさんの目指す方向性は本当に自分との闘いだと思いますが、だからこそ到達することは必ず可能だと思います。二人三脚お互いに支えあうって取り組めるといいですね。

ええと暗い話ばかりですね(笑)ほんとにもう。変な夢を見させないよう?がんばります!

成功体験というのは慎重に話さないといけないかなと思いますが、今後はがんばって記事にしてみようと思います♪


プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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