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やる気

定着度の違いのほかにもうひとつ、差が出る要因は「気持ち」の問題でしょうか。

これまた難しいテーマで、永遠の課題とも言えそうですが。

これは親が自覚していようが自覚してなかろうがあまり関係なさそうです。

どうしようもないっちゃあどうしようもないので本当に困ります。
これは本人の意志の問題ですからね。

自分と出会うことによって変わることもありますし当然そうじゃない場合もあるので、たとえば家庭教師で「やる気が出るかどうか」は「やってみないとわからない」というのが僕の考えです。

たしかにやる気を出させる方法というのはそれなりにはあると思います。
親子だと感情的になるので、塾の講師や家庭教師の先生が同じことを言えばよく言うことを聞くということもよくありますね。

ですが確実に変える方法というのは存在するんでしょうか?

仮に強引に火をつけるという方法はありますが。もので釣ったり、条件をつけたりと。

結論から言うとこういうやり方はまずうまくいかないと思います。

「あれをしなきゃ小遣いをあげない、あれをしなきゃ~~させない」とか
条件付きは、半ば脅迫や強制に近い場合もあるのでかなりまずいやり方だと思いますが。

例えばですね、一日遊ぶ子供に「せめて最低限これくらいのことはしてから」とかだったらわかりますけど。

まだもので釣るほうがましでしょうか。
「これができたらあれあげる、何点取ったらいくらあげる」などですかね。
しかしまあこれもやはりよほど慎重にやらないとうまくいかないと思います。


僕はしっかり勉強をするような子供でもので釣られている子というのはほとんど見たことないです。


「しっかり」というとちょっと抽象的ですね。
受験生の上位2,3割くらいと言えばいいでしょうか。飽くまで印象ですが。

ですから、途中経過を見れば「うまく」作用しているように映る場合もありますが最終的に振り返ってみると、ほとんど効果がなかったか、逆効果で終わると思います。

それらがまずい理由というのは、とにかく子供のやる気が芽生えないことです。

動機が「モノ」や「勉強」以外に言ってしまうわけですから、子供がそれを自制したり抑制したして、「いや、自分は物を与えられても飽くまで勉強というのが本分でうんぬんであるからにして・・・」なんて子供は逆に怖いですよ。

とにかくまあ、やめたほうがいいと思います。圧倒的にうまくいかないです。
というかやめてほしいです。余計やる気だせないです。

勉強させる苦肉の策と考える人もいるかもしれませんが、ばねを押せば押すほどきつくなるように、だんだんだんだん与えるほうがきつくなり、ある日ばねから手を離すかの如く思いっきり跳ね返ります。

まあ、跳ね返り方は人それぞれですが。

ええ、少しそれましたね、もので釣ったり、条件付きにしなくても「やる気」の出ない子はたくさんいるわけです。なのでせめて「もの釣り」や「条件付き」はやめてほしいと、そういうわけです。

聞く態度も様々ですが、少しでも同じ問題を復習させようとすると露骨で嫌な顔をしたり、言われたことをなかなか守らなかったり、勉強習慣に対して再三改善を促しても変わらないとか、宿題をちゃんとやらないのが当たり前みたいになったり、明らかに自分には難し「そう」な問題は手をつけなかったりと・・・。

・・・様々なわけです・・・。

そしてこういう子どもたちはある日突然、過去にないめちゃくちゃ低い成績になってしまうことがあるわけですね。

基本的に、みんな勉強時間を増やしたり本番に向けて士気が上がったりする子がいる中で、今まで通りの気持ちじゃあ下がっていくことは必至なわけです。


ええ、どうすればいいんですかね?
・・・僕もわからないです・・・。


場合によってはもう受験やめて友達と遊んだり他のことに打ち込んだほうが明らかにその子のためになるな、と思うときもあります。
そういう子を持つ親からすれば無責任に聞こえるかもしれませんが、これはしょうがない、子供がやりたくないわけですからね。とてもとても。少なくとも時間をおく必要はあります。
それを無理にやらせればうまくいかないという、とても当たり前な自然の原理というか摂理というかそれくらい揺るぎがないことだと思うのですが。
他に良い道があるかどうか、そこまでははっきり言えませんが、すくなくとも受験には現状どうみても「向いていない」というのが言えるときがあります。

別に受験で人生決まらない、と言っても聞き入れてもらえないのもわかりますが。


宿題を出しても明らかに手抜きをされたり、「それをしちゃだめだよ」と言っても平気で30秒後には同じことを繰り返す。

やる気があるとは言えないですよね。
ついでに言えばもっとまずいのが親が自覚していないときですかね。
最初も言ったようにどっちにしても改善は難しいのですが、自覚していないと・・・

「うちの子、すごいやる気なんですよ!!!」

(いや、どう見てもやる気なしですね、はい)

なんては、言えないですね、やっぱり。

なんとかその旨を伝えようという努力はしますが。
でも親があんまり子供の気持ちが分かっていないと・・・ちょっと不安ですよね、まあ、そりゃ。

毎日頑張っている子だってやる気が出ない日は絶対にありますけどね、もうどう考えても24時間「受験どうでもいい」モードだと、困るわけですね。


ってどうしたらいいもんかわからないですけど。

あ、ほとんど愚痴でした。



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No title

向いている向いていないというのは、適切な表現かもしれませんね。
本当に限定されるんですよね、10歳から12歳の子供にもう勉強させることがどうなのかと。

ですからそこで全くやらない子供でも中学生になって自主的に高校受験に向けて努力邁進し最難関に合格するということも多いのではないでしょうか。

中学受験という枠だけで見たら「勉強をしない幼い子」になるかもしれませんが中学生になって確固たるビジョンを自ら持つことができれば「早熟な青年」に評価が変わるわけですね。

とても不思議なある種の矛盾のようなものを抱えていますが。

やる気がない子が、劇的にというのは・・・あまり思い出せませんが(汗)自分を目上の人間として慕っているらしい生徒はいるようです、大体はお母さんからの又聞きですけど。

ただ、卑屈に思われるかもしれませんが、すごい慕われることに僕はたまにブレーキをかけてしまうこともあります。子供はまだ世界が狭く比較対象がいないので、「先生が何においても一番!!」みたいに陥りやすいと思うのです。
オカルト宗教のように妄信されてほしくないんですね、自分を指導する人間として子供が評価してくれるのはうれしいですけれども、僕が右向けといった右向くような子供になってほしくないというか・・・。あ、もちろん迷った時に道を指し示すことはできますができればどうするかは子供に選んでほしいですね。

責任逃れとか冷たいといわれるかもしれませんがw

中学受験とは言えやはり子供には自主性を持ってもらわないと難しいですからね。
誰かが全部導いて小学生を終えてもその人間がいなければ動けないようでは合格してもその後が不安です。

「心がある」というお言葉はこの上ない賛辞です、ありがとうございます♪
とにかくやれることをやっていこうとそんな気持ちで今度も続けていこうと思います。

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No title

コメントありがとうございます。

細かい状況も把握していないので推測になる部分もあるので失礼な表現があるかもしれませんがそれを踏まえて読んでいただけたらと思います。

結論から言えば腹を決めていいと思います。ここで変えるのは危険ですから。それは塾の先生にも言われると思います。子供の状況がどうであれ実力テストで大きく下がっていないのであれば(偏差値でマイナス15位)「変えない」という度胸と忍耐が必要なのかもしれません。後は併願の選びようで塾の先生の意見も変わるかもしれませんね。

まず間違いなく言えることが、今までやってきたことが無駄になるということはあり得ないということです。
それは合否とは全く別物です。
多くの親がここが受け入れられないようです。落ちてしまうとすべてが無駄だったと。子供が費やした時間までも無意味としてとらえてしまうわけですね。

夏に燃え尽きたとはいえ、そこまでに積み重ねてきたものが今の成績なのです。

たとえばネットのような場所では、特に責任もないので、本当に人ごとのように、ときには、軽々しく残酷に、「御三家だってあそこは変だとか、中堅は初戦中堅で、下位のダメな学校~~」

というような表現が使われますが、それは本当に大変で、経験した人間は本当にそれを痛感するものです。たとえば、仮に御三家クラスともなればどれほど大変で、どれほど深みがあり、どれほど子供が苦労しているのか下位の御家庭はおろか、その子の親でも気がつかないものです。

毎年合格者というのが何百人と出るからかもしれませんが。

親が持たなくてはいけない姿勢というのは「受け入れる」ということでしょうか。

それは勉強しないとか、成績が落ちたとか、受験で落ちたらとか、そういうこととはちょっと違うと思います。
受け入れるべき対象は子どもの存在そのものだと思います。
落ちた時に子供に影響を与えるものは、おちた時の親の思いや感じ方です。
もしも可能性を狭めたと考えてしまったら子供はいずれそう思います。「受験は失敗だったんだな、意味がなかったんだな」と。(先にも書いたように無駄というのはあり得ないのですが。)

ですが、子供の居場所として、子供の居場所が存在するのであれば、落ちたかとか受かったとかは時が過ぎれば色褪せます。

なぜ今のような状況になったのか、周りにとらわれずその原因をもう一度あらゆる角度から考えてみるといいかもしれませんね。塾なのか、学校なのか、友達なのか、親なのか、先生なのか、今何を考えているのか、子ども自身はどうしたいのか。

いずれにせよ積み重ねてきたものを否定する必要はないと思います。

そこまでいくのに親子で相当な苦労を重ねてきたはずです。それは誇るべき努力だと思うのです。これは相対的な比較ではなく、自分たちのあり方をどう捉えるかだと思うのです。

保護者として、がんばってきたという思いが伝わればそれで、それがいいと思います。

居場所であり、受け入れる存在である、ということが示されればもう腹を決めるだけでよいと思います。

推測でいろいろ書いてしまいました。失礼もあるとは思います。
残り1か月半家族全員で明るく楽し、く夢や希望を忘れず取り組めるといいですね。


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Re: ありがとうございます

少しはお役に立てようでなによりです。かなり文章がおかしくなっていましたが(汗)
いきなり心構えを大きく変えるというのは難しいとは思いますが受験後もまだ先は続くのでのんびり先を見据えていけばいいのかなと思います。




プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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