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質問する その2


質問のピントがずれている大半の理由は・・・、なかなか言いにくいことですが「形にこだわる」からだと思います。
実際当の本人がどう考えているかはわかりませんが少なくともこちらにはそう映る場合が大半なわけです。

「形にこだわる」というのはどういうことかなかなか説明しにくいですね。勉強というものに対してイメージのほうが先行して、その自分のイメージに基づいて取り組んでいるのが原因だと思います。それがピントのずれた質問をする原因なんだと思うのです。

これは人の話を誤解して聞く場合もそうですね。自分の人の話に対する聞き方があらかじめ出来上がっていてそれに基づいて聞くので誤解、誤読が生じるのと同じだと思います。

それだけフラットに人の話を聞くというのは難しいのだと思います。とくに大人になれば肩書や立場や社会的環境や自分の中の思いや価値観、様々なことが予備知識としてあるわけなのでフラットに聞くというのは本当の意味では不可能なんだろうと思います。

勉強においてフラットにするというのは不可能なのかどうかはわかりませんが、そうであろうとする必要はあると思います。

本人が、と言いましたが、予防する術はあると思います。子供がそうなる場合というのは持って生まれた性格以上に環境があると思います。

もしその子の周りの大人が、素直であれば子供も勉強の質問でピントがずれることは少ないだろうと思います。逆にその子の親が塾のクラスの昇降にこだわりすぎたり、周りの子供との比較に必要以上に神経質になったり、外見や体裁や見栄にこだわりすぎると子供の勉強の取り組む姿勢に良い影響は与えないだろうと思います。

しかし、そこまではっきりしていなくてもいわゆる世間一般に真面目とみられるような子供たちのなかにもピントのずれた質問をする子供は少なくないです。

これは思うに、親も子供も形を整えることに真面目に、硬く考えすぎているからだと思います。


例えば
「こんな質問をしたら恥ずかしいんじゃないか」
「こんなことを聞いたら馬鹿にされるんじゃないか」
「これくらいはわかっていなくてはいけないんじゃないか」

このような思考がピントのずれた質問をさせてしまうような気がします。
結果解説する側からから見ればどう考えても不相応な質問をしてきていると思うわけです。

昨日も言ったようにこれはとても意味のないことなんですね。今の時点で到底理解できないことを分かった気にして消化した気になるというのはとてもまずいです。到底理解できないということそのものを恥ずかしいと思うかもしれませんが避けて通れない道を無視していては絶対にその先には進めないのです。ですから形を整えるのではなく本質的な中身を改善させることにもっと執着するといいんじゃないかなと思うわけです。

それでもわかったつもりで先へ進もうとするのは、見栄や虚栄と同じようになってしまうわけです。いずれはほころびが生じて本番で不合格というどうしようもない現実が待ち受けているわけです。

普段のテストや授業でいくらごまかしても最悪の場合本番に自分にすべて還ってくるわけです。

真面目な子供は、それなりに自分のポジションが出来上がり、またそれを自覚するようになると他人から見られる自分というのも自覚してくるわけですね。

そうすると、「こうあるべき」「かくあるべし」ということにこだわりすぎて勉強に取り組む姿勢にゆがみが生じてくるわけです。

成績が下がっていく場合にこういうケースは多いと思います。少なくとも僕にはそう感じる子供たちにしばしば出会ってきました。悪い意味でプライドが高いわけです。

ですから僕なんかは「もっと泥臭く」とか「地べたに這いつくばってでも」というような言葉を使います。見栄や外見はかなぐり捨てて学力を伸ばすことにもっと真剣に取り組んでほしいわけです。余裕ぶっこいてる場合じゃないって話なわけです

スマートに行こうとするんですね、ですから質問にもっていく問題もスマートに行きたいわけです。「こういう質問をするならはずかしくないだろう」とまでいくかわかりませんが少なくとも「こんな問題分かっているからいいや」というのは多いです。そういう感覚なんだろうなというケースは非常に多いです。


やっぱりですね、すぐわかるんですね。塾でプリントに書かれるくらいです。講師や家庭教師もそんなボケーっとしているわけじゃないんですよ。


子どもがトンチンカンな質問を持ってくればすぐわかります。そしてそれがトンチンカンだといわれることも自負心やプライドが出来上がっている場合がほとんどなので、そういう子どもたちはとても嫌がります。


ですがこれを乗り越えることができれば成績はどんどん伸ばせるだろうな、と思いますよ。本当に。それくらい正しい質問をするということは重要なことだと思います。

正しい質問ができているのかどうか、自分の学力の相対的な立ち位置が正しくはかれているか、志望校との距離が正しく認識できているのか。

これにもっともっとこだわってもいいんじゃないかなと僕は思います。



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Re: No title

コメントありがとうございます。
コメントのほうは全体では非公開だったと思うので、たぶん大丈夫かとはお思いますが念のため削除しておきました^^
すいません、何分僕も自信がないので(汗)

正しく質問するというのは意外に根深い問題というか、なかなか改善するのが難しいことの一つだと思います。
前述したように、ごくごくまじめで偏りがない大人であってもそれが結果として子供をそうさせてしまうことがあるのでは、と考えています。
明らかに保護者に問題があるケースというのはめったにないです。
むしろ、一見何も問題ないように見えても、保護者が意識して子供に伝えていかないと子どもは子どもなりの判断で質問することがあるのでほとんど意味のない質問をしてしまうというケースが起きるのだと思います。

実際これを改善するのが難しいのですが、いずれ明確に解決する方法が見つかれば自分なりに模索しています^^;
プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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