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説教 その2

 

ぼくが子供に説教する時というのは僕の中ではかなり最悪な状況なわけです。つまり親がいまいち僕の考えが伝わっていなかったり理解してもらわなかったりしている場合がほとんどだからです。だから最終手段として子供に向かって先々のことを話していかなくてはならない、ピンとこない内容も多い割に伝えなくてはいけないことがたくさん出てくるのでまあ疲れるわけです。

僕の中では「この家に家庭教師に来る意味がないんじゃないか」と思ってしまうことがしばしばあったとしても、「とっとと自分をクビにしてください」ともなかなか言える勇気もないのです。
子供に直接何かを言わなくてはいけない状況というのは何とも不毛な時間を過ごしている気になるのです。

その家に関わる以上は自分なりに精いっぱい勤めたいし、すこしでも役に立たなくてはいけないなあと、考えるわけなんです。

場合によっては暇つぶしで終わってしまいそうな2時間というのがすごい嫌なわけでして、せめて少しでもいいからその子なりに前進してほしい、前進させなくてはいけない。そのために今何ができるかと、知恵を絞って奮闘するわけなんです。

それでも本人の気持ちに変化もなくに無残にも敗北を喫することは往々にしてあるわけです。
やる気がないだけでなく、受験生として孤立している子供の指導というのは無力感に駆られるだけでなく其の子の人生というものを考えるとあまりにも不憫でしょうがない、そう感じることもあるわけです。

今回例に挙げているご家庭は典型的な型から入る保護者です。おそらく早期教育にも関心を持っていたでしょうし、様々なことを試行錯誤してきたに違いありません。その様子が容易に想像できるくらい様々なものが散乱しています。

散乱と書きましたが・・・正直、きれい(整理整頓)にしている家とは呼べません。もちろん家の汚い奇麗は個人の自由ですのでそのことに関しては何も言いません。

ただですね、勉強に関するものも同等の扱いでは勉強に支障をきたすということは、明らかだと思います。
階段の途中にテキストが置いてあり、廊下の隅には解答が転がっていたり、部屋に行っても本棚から必要なテキストを一冊抜こうとしたら雪崩の如く様々なものが落ちてきて学校のものやらカードゲームやら全部混ざった状態でそれの仕分けだけでも優に10分20分かかる状態だったり・・・。
そんなことまで書かなくてもと思うかもしれませんが状況としてどういう環境なのかを伝わるように書いてみました。

つまり勉強以外のものも、そのような感じで目につく形になっているわけです。
すると少なからず教育に関心があったもしくは高いということは想像できる、それが言いたかったわけです。


家庭教師ではその日にどんな指導をしたか、何らかの形で残すのが一般的なのですが、これは当然重要な紙になります。たとえば宿題の範囲などを書く場合もあります。また場合によってはこれをもとに次回までに修正できる点は修正していかなくてはいけません。

そういう紙を用意しなくとも保護者に直接伝えることで「じゃあこれからどうしよう」ということを簡単に話したりする場合もあります。

いずれにせよ、家庭教師が「来てわからない問題を教える」だけで済むような優秀な生徒はまれで大抵はほかにも様々な課題があってそれをどうにかしたい、どうにかしようってことでその家に訪れるわけです。最終的には「わからない問題を教える」だけにたどりつくのが理想でしょうか。わからない問題も自分自身で克服できる方法を見つけたら、もう全く必要性はないかもしれません。(自分で分からない問題を解決する時間を短縮するために家庭教師を利用するというのも一つの手段ですが)


特に小学生であれば本人以外の家庭でのパイプ役は大変重要な役割です。原則として成績が低ければ低いほどその重要性は比例して高まるのが一般的です。

ここの家ではインターホンで親が出ることはほとんどありません。
人の出入りが激しく、よく親戚(?)などが来ているようです。インターホンには本人が出たり、兄弟が出たり、そして全く素性のわからない(いや、たぶん親戚)が出たりとまあ、ドラえもんのポケット張りに様々な人がオンパレードなわけです。

ここがまた不思議なのですがお母さんがいないかと思いきやそうではないようです。
必ず指導時間の半分を過ぎるころになるとお茶を持ってきてくれるわけでその時は必ずお母さんなのです。しかしまた指導終了後になるとお母さんはどこにいるかわからず大体子供が台所やらどこか探しに行きます。それでまあその日のことを簡単に話して終わるわけです。

そして帰りのあいさつは少し違和感を感じるくらい丁寧なわけです。
来たときに玄関先にいることはまずないのですが、帰りも玄関先にいないというのならわかるんですけど、最初は必ずいなくて(家にいるのに)帰りは必ずあいさつに来るという感覚が、・・・まあなんとなく妙だなと感じたわけです。まあこれはこれで不思議だなという感じがしただけなのですが。
あれは・・おそらくお母さんの中での失敗だったと思うのです。


いつものように玄関から上がり部屋に行くとテキストをなにも用意していないので「じゃあこれから00やろう」ということでテキストを出してもらおうとしたところ指定したテキストが見つかりません。なのでほかの部屋に探しに行ってもらいました。そしたらすごい剣幕でどなり声が聞こえるわけです、そして階段をバタバタと走る音が聞こえるのですがその間も罵声と何か叩いている音が・・・そして最後には母親が「何暴力振るうのよ!そんなことしてもいいと思ってるの?その手を離しなさい!!!」どんだけ階段の上でバトルしてんでしょうか・・・。

・・・と、思ったらすさまじい勢いでドアが開きます。
「テキストないわけないでしょう?早く探しなさい!」と相変わらずお母さんからは聞いたこともないような大きい声でどなり続けます。
僕が座っている椅子はいわゆる書斎でお父さんが座りそうな背もたれがとても大きい椅子です。後ろから見たくらいじゃすっぽり僕は覆われているので、一見すると人の気配がしないのかもしれません。ドアは僕からしたら右方向に座っていましたが、僕はドアと反対方向を向いて座っていたので視界に入らなかったのかもしれません。

そして机の本棚の上をあさろうとお母さんがまえに一歩進んだ時ようやく僕の存在に気が付き「あっ!!!」と一言。

「あ、もう、そんな時間ですね、こんにちは」とかなり焦っています。どうやら今僕がこの家にいることに気がついたようです。
そして性質の悪いことに子供は横でずっとニヤニヤしています。この子は階段でお母さんと喧嘩しているときから何を考えていたのでしょう。僕が来ていることをあえて言わなかったのかどうか、どうなんでしょうね。もともと口数の少ない子なのでただしゃべらなかっただけかもしれない。しかし僕の存在に驚いたお母さんに対して間違いなく笑っていたのは印象的でした。

指導中は5分もするといねむりモードで、一応眠っていることをさとられないよう(明らかにわかりますが)頬杖したり一生懸命背中をこちらに向けます。開始早々トイレに行くといって15分近く出てこなかったり、先程の話にも戻りますがこちらが指定したテキストが見当たらないと探すのをやめて椅子に座ったまま何故かその場でずっと無言・・・。
「ないの?」
「いやあ、ちょっと・・・」
「『ちょっと』何?ないならほかに思い当たる場所を探して、それでもないなら、ないって教えてよ。」(黙って座るということが「ありません」という合図なんでしょうか)
とまあこんな具合です。

じゃあ、今回なんで説教をしたか。

線分図を書かせる、とある和と差の問題を解説した後に類題を解かせたところ、線を二本書いていきよいよく書いた後に適当な数字をぱっぱと書き、その状態で中断するわけなんです。そしてずっとチラチラこちらを見ているわけなんです・・・・。同じものを書いては消して書いては消して。

僕ははっきり言ってこういう行為には腹が立ちます。解けない、分からないというのではなく解く意思がないばかりか適当に線を書いて考えている風に見せて、時間が過ぎていくのをひたすら待っている状態です。

最近の実力テストの偏差値の二倍をとっても志望校に受からないかもしれない、しかし父親はその学校じゃなきゃだめだと本命一本、併願校は全くなし。
母親は家庭教師がきたこともわからないのに早期教育の本はいたるところに山積み。
当の本人は「受験をして『いい学校』へ行かないやつはだめな社会人だから」とおとなしい顔してとんでもないことを真顔で言います。(ふざけて言う子はいますけど)
こういう子は不憫で仕方がない、と僕は思うのです。本人だけの問題ではないですからね。

早期教育の本を読む暇があるのなら四六時中子供を罵倒しないで少しでも本人と向き合ったらいいと思うわけです。ぐずだのろまだ、勉強しないなんていう前に、子供が何しているかもさっぱり理解しようともしないで返却された数字だけ見てののしる前にもっと本人の日常生活を目を向ければいいと思います。

どんなに帰りのあいさつをきちんとしても様々なところでその生きざまがにじみ出ています。僕はそれに気がつかないほど鈍感でもないです。いや、誰でも気がつくことだと思いますよ。

僕は説教する時には、子供には決まり文句のように「やめたければ辞めればいい」という言葉を言います。受験をやめたくてもやめられないような状況を周りの大人が作って、その中で生きている子供にこういう言葉を使うのは気の毒ですが、ただ少なくとも人のいる前で無駄に時間が過ぎていくように小細工をしたり、ごまかして生きるくらいならなんとか自分の意思で物事を考えられる人間に少しでもなってほしいと思うわけです。

はっきり言いますね、子供には。
「そういう生き方は君の人生にとっていいことは何もないと思うよ、やる気がなくて君の考えている志望校にうかるほど甘くはないよ。小学校生活はまだ10カ月あるから勉強やめて、他に好きなことをやるほうが充実しているかもしれない。」
ひょっとしたら受験をやめるなんていったら「じゃあ中学の学費は自分で払いなさい」とか「もうお小遣いはあげないから」とか言い出すかもしれない。その大人の脅し文句に屈するか、自分の考えを確立させることか出来るか、そこまで考慮しないで辞めればいいなんて無責任かもしれません。

ただ少なくとも今の状況は非常によろしくないということだけは分かります。
その家の家族全員に悪影響を及ぼしていると思います。

厳しい言い方ですが、両親の考えは型にこだわった中身のない教育だと思います。
もちろんそういう生き方で人生をうまく終えることができる人もいるかもしれません。
しかしまた一方で、そういう考えであれば自分を雇ってほしくないというのは、これはこれで僕個人の考えです。

AERAで面白い記事がのっていました、読んだ方もたくさんいるかもしれません。

関連して話したいことがあるので、この更新ペースではいささか時間がかかるかもしれませんが順次触れていこうかなと思います。


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なにかしら参考になると思います。


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Re: No title

コメントありがとうございます♪
家庭教師に対する世間の見方というのは固定観念にとらわれているものも少なくないですね。
「この仕事を生業にしたり、いつまでもやるようなものでもない」そう思う人も少なくないでしょう。
先々のことはなかなかわかりませんが、一つ一つ出来ることをこなして前に進みたいと思います☆
プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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