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早期教育の是非 その2



前回は早期教育の警鐘というか、こういう場合なら、早期教育はよくないということを取り上げてみました。

それも踏まえて、個人的な結論を先に述べておきます。

僕は早期教育にどちらかといえば賛成です。いいことだと思います。前回も再三触れましたが「親の養育態度」がその子にとって適当であれば、早期教育は大変効果的で先々高い人間性を身につけるうえで大きな礎となるのでは、そう考えています。
AEREではほかの教授が、「早期教育がストレスにならずに『親子の触れ合い』に寄与する程度であればいいのでは」このようにも言っています。

しかしまあ、肝心な部分がクリアではないですね。AERA、の記事は。
賛成は賛成なんですが、じゃあどうすれば本当の早期教育となりうるのか、それが難しいところです。

前回触れなかったのですが、そもそも「適切な養育態度、いい親子の関わり」というのは具体的にどういうものなのか、いまいち明確ではありませんでした。というかそれをそもそもどうやって測るのか、所得のようにはっきりとした数字ではないので、これはこれでかなり主観が入るのではないかなと思います。明確な測定方法があるのかもしれませんが、それは書いてなかったと思います。

ですから「お金がすべてじゃないんだ」「早期に投資をしても意味がない」というのに反対する人間がその反証のために「お金ではなく親子の関わり」といっても場合によってはかなり説得力が薄れるようにも思います。
AERAの記事で言っていることは、教育をきちんとするためには「少なくともお金だけでは解決できない」というくらいに認識しておくといいんじゃないでしょうか。


個人的な印象としては早期教育での内容というのは比較的短期間で追いつくことができるのではないか、そういう風に考えています。たとえば中学受験勉強でいえば小学生3,4年生くらいであれば偏差値40の子供が60に到達するのはそれほど難しいことではなく現実的にどういう風にしていけばいいのか見通しが立ちやすいです。ですが、5年生になるとそれまでよりは大変になりますし、6年生になればかなり至難の業だと思います。効率よくかつ継続して質の高い勉強を何カ月もして初めて挽回が可能になるかもしれない、という状態でしょうか。

幼児の早期教育の内容というのは読み書きできるか否か、数字が多少扱えるか否か、このレベルであれば小学生に入ってからでもきちんとやればすぐに追いつく「学習内容」だと思います。


じゃあ、なぜ早期教育にどちらかといえば賛成なのか?

僕は早期教育で身につけるものは「学習内容」そのものではなく「勉強の仕方、物事の考え方、取り組み方」なんじゃないかと思います。

つまり早期教育をして成功しているパターンというのは頭が遺伝的に優れているように「映っている」子供なんじゃないでしょうか、僕はそう感じるのです。

同じ小学6年生でも飲み込みの早い子、もしくは頭の回転が速い子、粘りのある子、応用力の高い子供など様々な長所を持つ子供たちに出会うことはよくあります。

この子たちを見ているとまず思うのが触れてきた書物の読み方の違いです。各々その特徴の理由がわかる優れた本に触れているだけでなく、きちんと理解している、好んで読んできたのだなという印象を受けます。

たとえばたわいのない会話で自分の趣味や知っている事を話すとき、「ああ、だからこの子はこういう考え方ができるんだ」と納得できる場合があるんですね。往々にして本人は無自覚ですが。
良書を持っている子供というのはいます。ですがその本に関して目を輝かせていかに自分がその本が好きかということを話す子というのはその本に対するアプローチの仕方が優れているのだなと、そう感じるわけです。
必ずしも全員が全員、学力において良い成績をとっているわけではありませんが、「ああ、たぶんこの子はこれから伸びるだろうな」とか、そういう予感をさせる瞬間というのがあるのです。

早期教育そのものはすぐに追いつくことのできる内容です。が、そこで考え方をきちんと身につけた子供はその後もほかの同年代の子供とは比較にならないスピードで物事を吸収していくのでは、僕はそう考えているのです。


そういう時期に基盤を充分に作り上げた子供というのは、いざ受験勉強を始めた時に多少時期が遅くてもすぐに挽回できたり、たとえば桜蔭に1年受験勉強をしただけで合格できるのかもしれません。

また必ずしも学力のみが、読み書きや、数字の扱いだけが早期教育というわけでもないと思います。子供が何かに取り組み、何かしらの特技ができれば早期教育は成功したと言えるのかもしれませんね。勉強以外の特技が勉強でいきたり、またその逆もあると思います。


とにもかくにも最初に戻りますが、早期教育というのは親子でお互い関わり合いながらしていくケースが多いので親の養育態度の良しあしというのを見極めるのが難しいように思います。
子供が何かに集中しているときに、遠くから黙って見守るというのも適切な養育態度であったり正しい関わり方である場合もあると思います。
親の欲目ではなく、子供が嫌がっているのかそうでないのか、見極めるのは難しいだろうし、また、時には嫌がってでも厳しく接することのほうが大切な瞬間というのもあるかもしれません。(幼児に至ってはほとんどあり得ないと思いますが)

私立の小学校に通う子供たちの学力やものの考え方というのは平均レベルよりも明らかに高い子が多い印象を受けます。
そうである以上、早期教育を否定する子はできないですね、彼らは間違いなく早期教育を受けてきているのですから。

前回の話題に挙げた桜蔭生も、ほとんどの子供はきっとかなり高い目的意識や向学心を持っているでしょう。

ですが、どんな集団においてもそこでは居心地の悪さを感じる人間(その要因も様々でしょう)は少なからずいるものです。

子供がそういう立場になったときにそれを受け入れてあげる場所というのを提供するのが家庭なんでしょうか。そういう場所があれば、常識的な最難関校や、早期教育というのが性に合わなくてもその人間はまた別の道を切り開くことができるのかなと、そんなようなことを考えています。


今後早期教育で失敗しない親子が少しでも減るように言葉の定義そのものが改善されていけばいいかなと、僕はそう思います。

またこの話題は触れる機会があると思うので今回はこの辺で切り上げます。


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プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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