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過保護 過干渉 その2


中学受験では「ああ、これはいわゆる過干渉なんじゃないかな」と感じる親の行為を見かける場合があります。

たとえば、これは過干渉というほどのレベルのものか分かりませんが「子供のノート作り」に手を加える親がいます。

僕は初めて指導する子供には大抵ノートの書き方からスタートします。(自分なりノートの使い方ができていたり、僕と同じようなやり方の場合は手を加えません)

その際にノートに線を引くのですが、これを親が全部やる場合があります。子供に煩わしいことをさせないように、勉強だけに集中できるように手伝う、おそらくそういう理由かとは思いますが、個人的にはそこまでやる必要はないかなと考えています。

やはり、ノートを書くという行為からすでにその子の勉強が始まっているのではないか、となると線を引くのが煩わしくともそれはもう子供自身がやるべき行為だと思うのです。
ただ、これは個人的な価値観であり、良いか悪いかどちらであっても些細なレベルかもしれません。ぎゃくに間違い直し用ノートに問題をコピーして切り貼りすることがありますが、こういう作業は親がやるべきかなと思います。

・・・・冷静に考えたら「その違いはなんだよ」と突っ込まれても自分でもいまいちよくわかりません。
おそらく自分の培ってきた価値観でこれは親が手伝うといい、ここまでは子供自身がやるべきなんじゃないか、というのがあるのかもしれません、

まあ、このレベルの話ならいいのですが厄介な場合もあります。

中には宿題のノートに問題番号から答えのますまで書く親もいます。
たとえば、売買の問題で①の(1)とかいて2行くらいスペースを空けてその右端に下線を引き最後に円と書いてあったりするわけです。それをすべて問題を説く前に親がノートにどんどん書き込んでしまうのですね。

番号を書くだけでなく「2行」というふうに勝手に保護者が子供の考えるスペースを作ってしまっています。本当は1行で済むかもしれないしもっと使うかもしれないのにです。

こういうことが習慣になってしまうと「お母さんがノート作っていないから今日は勉強できない」と真顔で答える子供もいれば、「ねえ、なんでこの先のページ線引いてないの?勉強できないじゃん!!やる気がうせた」なんて言い出す子供もいます。

そこまで具体的にノートに手を加える保護者の心理状態というのはどういうもの何のでしょうか。最初に書いたように勉強には具体的には携われないからそれくらいはやってあげたいという思いなのかもしれないです。しかしながら、どうなんでしょう、実際のところは勉強の効率を上げるという点においてはあまり大きな成果は見られないし、逆に子供はますます勉強に対して受け身になり「誰かが何かしてくれるもの」という姿勢が無意識のレベルにまで刷り込まれてしまうように思えます。

そうなってくると典型的には「家庭教師は親がつれてきたもので、何をするかよくわからないけど、とりあえず2時間一緒に机に向かっていれば成績が伸びるらしい」と勘違いする子供も出てきます。

そういう場合、どこから、何から指導すればいいのか算数以前の話ということになってしまいます。

結果論として「過保護」であったか「過干渉」であったか判明する場合もあるかもしれませんが、やはりそれは避けたいところです。
そうなってからはどうとでもいえますが、そうなる前に「過干渉」はできる限り予防したいです。


僕が考える過保護というのはどういうものなのか。

もう少しこの話について触れてみたいと思います。



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過保護について

中学受験経験者です。

私の母親は「立ってる者は親でも使え」という諺があるから親を利用するべきだと言って何でも手伝ってくれました。
一家には雑用係が必要だとも言いました。


子供は親が過保護な場合、手助けによって得をしている部分もあるのですが、わずか10才にして他人の力を当てにする癖がついてしまい、大人になっても他人の手助けを必要とする人間になってしまいます。


子供が親の過保護・過干渉を非難する時、親子が理想としてきた目標が達成されないか、他の何らかの理由で親子共同体がうまく機能しなくなり、結束が崩壊して責めるようになるケースが多いようです。
子供も隠してはいますが、勝手で自己中心的な生き物なのです。

Re: 過保護について

>家族崩壊様
コメントありがとうございます。なかなか重い名前ですね(汗)
個人的には子供がわがままで自己中心的である事は当然であり、何より成長段階においてそういう時期を過ごすことは(自己中心的に)避けて通れない重要な要素だと考えております。
それが正しい見解かどうかまではわかりませんが・・・。

またそのよう時期をいつ過ごすのか、そのときにどういう大人が周辺にいて、どのように育てていく、接していくのか、そういう要素も考えると正しい距離感を保つことは実に難しいように思われます。
ですから親の関わり方、子供からすれば親の利用の仕方は千差万別で普遍的な答えや線引きは到底不可能だと思います。

ちなみに僕が過保護という言葉を使うときには、過干渉という言葉とできるだけ差異があるように使用するので広義にとらえると誤解を与えるかもしれません。

>子供が親の過保護・過干渉を非難する時、親子が理想としてきた目標が達成されないか、他の何らかの理由で親>子共同体がうまく機能しなくなり、結束が崩壊して責めるようになるケースが多いようです。

そうでしょうね、そういう事態に遭遇して子供は初めて親の思惑を知り、時として既存の価値観が崩れてぶつけようのない感情が生まれてくるのだと思います。

そもそも崩壊以前に子供が気づいていれば事態は大きくならないでしょうし、もっと言えば目標が達成されながらも親の過干渉を明確に自覚できればその時点でもはや「子供」という単語が当てはまらないようにも思います。

個人的には長く年月を生きている方が言動に責任を持ち、より理不尽な事象を受け止める度量を持つべきだと考えております。
ですから子どもという自己中心的な生き物をどう受け止め、どう導くか、長く生きている人間の役目だと思います。
それは決して簡単なことではないし、うまくいかないことが多いかもしれませんが僕は自分がそういう人間でありたいと考えています。
プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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