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過保護 過干渉  その3

過保護なんていうと、悪いイメージを持つ人のほうが多いかもしれませんが僕は過干渉という言葉と明確に分けて良い意味で使用することが多いです。

「良い親の在り方」というのは何度も話してきたので過去の内容と重複することもあるかと思います。
また現在進行形で感じたことを書いているので変化している部分や今まで触れなかったことも出てくるかもしれません。

大雑把にいえば「子供のことはよく理解していて、普段どのような生活を送っているのか把握はできているが、子供の立場からした場合あまり何かを言われたことがない」という状態でしょうか。

子供自身には親の影を全く感じさせないのに、客観的に見たら実にうまく親が立ちまわっているという感じですかね。

前々回もいいましたが言葉だけをとらえたら「それは親が甘やかしすぎているんじゃないか」とか「自立心を妨げるような行為だ」と誤解を招くような行為というのはあるのでなかなか口で説明するのは難しいところです。

誤解を招きやすい理由の一つとして「段階の違い」があるのかなと、そう思います。

つまりある子供にとってはそれは必要不可欠な親の行為であっても、ある段階を経た子供においてはもはや親が介入する必要のない行為である、そういうことがあるからです。

ですから状況や段階に応じた話であるなら分かりますが、全ての子供に対して普遍的な良しあしの定義というのはよほど慎重に考えないといけないなと思います。


いろいろな段階はありますが、今回は大雑把に学力が備わっていない子どもの場合、つまり勉強する習慣というのが根本的についていない場合と、受験生として上位の成績を維持している子供の場合について何か一つ書いてみようかなと思います。


学力が高い場合であれば話は早いですね最初に書いたように「親の影を全く感じさせないのに、実にうまく親が立ちまわっている」ということが個性はあれどみな一様に実践できているんじゃないでしょうか。
その秘訣は・・・
よくわかりませんが・・・
基本みなさん素直なんじゃないかなと思います。
人の話を表面だけでなくきちんと聞いて取り入れるべきか真剣に熟慮して取捨選択を行う柔軟性が高いのだと思います。


んまあごくごく当たり前の話ですね。珍しいことをなにも言っていないので耳元だけでスルーされそうな心にとどまらない言葉かもしれません。


しかしまあ、世の中当たり前のことが当たり前にできるっていうのが意外に大変なんじゃないかなあと思います。それができないからいろんな人がいるわけでして。

ですから謙虚に素直になんて、当たり前と思わずに童心に立ち返ったつもりで省みると案外いろいろな気づきがあったりするかもわかりません。

さあ、こちらは長くなりそうです。


子供の学力が備わっていない場合、最初の段階としては現状をきちんと受け入れゼロの状態からスタートが切れるかどうか、最初の一歩としては重要なんじゃないでしょうか。
ピンとこない方がいるかもしれません。(具体例をあげるとやじが飛んできそうなんであまり気が進まないのですが)まあ要は背伸びをしてしまうということですね。

現状を受け入れていない保護者のパターンとして多いのが「言っている事が正確に伝わってこない」というケースです。

たとえば僕のような家庭教師において依頼の話がきた際に、保護者が子供の現状をあいまいにしか説明せず「まあ成績は真ん中くらい」と「良くないです」「大体いくつ(くらい)です」といった具合に具体的な成績を開示しない(もしくはできない)場合です。
成績は伸ばしたいという気持ちは溢れんばかりなのに、肝心なことは不明瞭であったり、もしくは隠していたり(あるいはわからなかったり)と、乱暴な言い方をすれば大人の身勝手さしか伝わってこないわです。やはり、身勝手なんだと思いますよ。大人の都合です。

こういう場合、ただ隠しているというだけでなく親自身も腫れ物に触るような感覚で実は「なぜ」「どのような理由で」子供の成績が悪いのか本質的な部分で理解しようとしない場合が多いです。

成績の良しあしで人の目が気になるのというのは理解できないわけではないですが、僕としてはそんな状態じゃ、先へ進めないし、先へ進みたいという覚悟もいささか疑問です。
いずれにしても目先の数値が気になって学習方針にも大いにぶれが生じたりするわけです。教え方だったり、通塾そのものだったりと・・・。

ほっといて成績が伸びる子供ならとっくに伸びているはずなんです。

ほっといてはだめな子供なら親もその前段階の教育方法で子供に接しなくてはいけない、出来る子のようにはいかないのです。その手間をかける覚悟が必要だと思います。

保護者が子供の状況がいざという時に克明に説明できない状態というのは、成績の悪い子供においては「過保護」さが足りないような気がします。
「別に成績を無理に伸ばしたくない」、「子供の自由」「本人次第」というのであればいいのですが、子供の成績を伸ばしたいのであればそこは親の避けて通れない教育段階の一つであると、僕は考えています。

学力の高い子供の家庭というのは、その子が生まれてからいつ何時かに、必ずそういう段階を経ているはずなのです。親が意識していたか、していなかったか、自覚症状があるかないかにかかわらず、必ずそういう段階があるはずです。
僕はそう考えますね。
あまり遺伝的な要素には関心がありません。生まれてきてからの環境においてこそ、変えるなり、それが無理なら取り組む姿勢を変えるなり、改善の余地はあるんじゃないでしょうか。

今回の話は「過保護」であるということとはなかなかつながらない、そう思う人もいると思います。
でも「過保護」でなくては、子供は見えてこないと思うんです。
実の子でもわからないことはたくさんなるんじゃないですかね、「何考えてんだかわかんない」なんてならないうちに子供の目線で子供になったつもりで子供の1日を出来る限りイメージする。

塾に行く時はどんな心境か、テストを受けるときはどんな気分か、なんでもいいからあらゆることを想像してみれば、おのずと自分の子供に対して何がしてやれるのか分かると思うのですが・・・当事者じゃないから分かりませんけど、そう思います。

そういえば、保護者の不安が徐々に大きくなる時期ですね。
秋はもっとですが、夏休み前は、やはり多くの人が大きくなる時期ですね。

親の気持ちは子供に何らかの形になって伝染します。そして親の不安が子供を傷つける場合があると思います。大げさではなく、子供の表情の違いに気が付けるといいのですが。

まあまあ、湿っぽくなっても何なんで、体を冷やしすぎないよう注意したいもんです。
こんな日々ですが長そで長ズボンでねてますよ、僕。

いや、なんかね、もう代謝がね・・・・とくに子供見てると痛感します。
いくら暑くとも半そで半ズボンじゃ、どうも駄目見たいです。

みんなで健康に気をつけましょう。

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なにかしら参考になると思います。


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shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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