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一生背負う覚悟


ぼくのピアノの先生ははっきりと年を聞いたことはないのですがおそらく50前後かと思います。

ピアノの先生の音楽関係の知り合いで開成中高出身で慶応医学部卒の医者がいるそうです。
生徒なのか、演奏仲間なのか、楽器は何だか忘れましたが、そのおじさんの同窓会かなんかで演奏する機会があったらしく開成出身が集まる飲んだくれ集団(先生曰く)と話す機会があったそうです。

医者になったその人は児童心理や鬱などそういうことを専門としている人なんだそうです。(又聞きなので詳しいことは分かりませんが)

「その人が言うんだよね『自分と同期ですごい優秀な奴がいたけど東大行って学生のうちに自殺した』って。それでね『今こうやって集まってるけど自分も含め中高の頃は成績がみんな悪くてね、そいつの半分も取れなかったこともあるよ』っていうんだよ。あたしは詳しいことは知らないけど結構自殺する人とか多いんだってね。」

何を比較対象として多いと定義できるかは分かりませんが、その医者のおじさんの周りでは何人かそういう人がいるんだそうです。あとは「早くして亡くなることも多い」ということをピアノの先生に話すらしいのです。

「その医者のおじさんはさあ『今でも親は恨んでいる』っていうんだよね。あたしは音大受験だからよくわかんないけど中学受験ってのはたいへんだねえ。」

とまあ、そんな話をしたわけです。

どの道でも最高峰になるというのはとても大変ですが東大や慶応卒の医者なんてのはまさに学問のエリート中のエリートですね。

でもそこまでの高みにたどりついた人間が30年以上たった今でも「親を恨んでいる」のだそうです。
心の奥底に刻まれた何かしらの傷が30年やそこら、時間が経過したぐらいでは癒えやしない、忘れることはできないものとなって残っているわけなんですね。想像するだけでもなんとも重みがあります。

3,40年前といえば開成高校の東大進学人数が日比谷高校を抜き始めたかどうか、そのころだと思います。

今ほど中学受験そのものは過熱していなくとも御三家クラスに入学するのは容易ではなかっただろうし、また入学後の勉強の大変さも今と大きく違ってらくだった、ということはなかったと想像しています。大学受験が控えていますからね。


周りがうらやむような地位を得てもその過程が、トラウマや人生の業となることは少なくないのかもしれません。こういう類いの話を聞くといつも思います

本人以外の保護者となる誰かがどれだけの労力をかけたか想像もできませんがそれもそれでかなりのものだった可能性があります。

度々、取り上げるのは三回目ですが朝日新聞の「塾激変」のシリーズの最後の締めくくりでこんなことが書いてありました。

~~

受験勉強をする中で子供を怒り、自信を失わせてしまう親をたくさん見てきた。必死だからこそ、子供を追い詰めてしまう。ぎくしゃくするのは親子関係だけではない。教育方針の食い違いから、夫婦で意見が対立する家庭もたくさん見てきた。
「中学受験を通して、子供は幸せにならなければならない。でも、不幸になってしまう子もいっぱいいる。合格だけでなく勉強して良かったと思える受験をしてほしい。」

~~  

2010年10月7日 朝日新聞 10面より


受験は大きなイベントで正直、合格すればその後の子供の人生にとても良い影響を与える可能性を秘めています。ですがその分リスクもないわけではありません。ましてや開成に合格しても幸せを実感できない人すらいます。

そういう可能性がある、それを一生引き受ける覚悟を持っておく、というのは大げさなことではないように思います。

受験を通して子供を幸せにする義務、それは目に見えた結果だけという単純なものではないです。
個々人100者100様、それぞれの幸せを保護者は各々見極め、導いていかなくてはいけない、そんなふうに考えたりするわけです。

「人生をいい方向に」と前向きに考えるのと都合のいいように考えるのは違うと思うわけです。

僕にとっては、こういうことを良く考えるというのは受験の時期が迫ってきた証拠です。




合否を超えた何かを得ることができれば、とまあそんな感じの今日この頃です。




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なにかしら参考になると思います。


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No title

愛媛でプロ家庭教師として10年仕事をしている者です。
今日も仕事で嫌なことがあり、落ち込んでいてネットサーフィンしていた所ここへ来ました。
とても共感して1時間ほど夢中で読みました。
明日も仕事です。
がんまります・・・。

Re: No title

のりのりさま
はじめまして、コメントありがとうございます♪

そうでしたか、なかなか理不尽な思いややりきれないこと、誠意が誤解となって伝わらなかったり、
特にこの時期はそういうことが増えてくるかもしれませんね。

更新もゆったりな気ままなブログですが
共感していただき恐縮です、僕もそれをささえに頑張っていきたいので
またぜひのぞきにきてください☆

受験生の条件

受験生の条件

1.受験をすべてプラスに考える

2.受験が過ぎたら受験に関することは、現在に関係すること以外は100%忘れる


1はよく言われる、勉強の利点です。

2は重要です。
人間は現在に生きており、過去に生きている訳ではない。過去の事は現在と関係ないなら拘ってはならない。
その医者のおじさんは、受験向きの性格ではない。受験は、厳密には教育でもなんでもない。○○中学に行きたい、というのは教育的な言葉ではなく、唯自分の希望を言っているだけであり、我欲に拘泥しているだけである。「東大」を卒業したら、「東大」の事はキッパリ忘れる位の覚悟が必要。学校を自分の評価と勘違いしてはならない。学校と生徒一人一人は別であり、学校の名を利用して自分の地位を高めようとするのは馬鹿のすることである。

Re: 受験生の条件

>元受験生様
興味深い見解ですね。
過去にとらわれいる自分としては(笑)よくよく胸にとどめておかなくてはならない訓戒となります。

受験は教育という現場に中軸のごとく存在しながらも、存在そのものが少なからず矛盾をはらむという厄介なものだと思います。

確かにその「医者のおじさん」は向いていないのかもしれません、何をどう恨んでいるのかその詳しいきさつまでは存じ上げませんが。

>学校と生徒一人一人は別であり、学校の名を利用して自分の地位を高めようとするのは馬鹿のすることである。


そうですね、おっしゃる通りだと思います。
医者のおじさんが自殺してしまった友人をどう見ていたのかわかりませんが、自分の信念を持ち進むべき道を選択している、そう自覚していたのならばそういう行為に及ばなかったのではないか、そう感じていたのかなと勝手に想像しています。

上にも書いたように僕自身中学受験で本命に合格しながらもその思い出を良しとしていない人間の一人です。
(そのことは過去にも何度か触れていますのでここでは省きますね。)

中学受験と、高校受験や大学受験と違ってくるのは他者の介入度の度合です。
いくら本人の希望といってもそれらのほとんどが、本人の希望として仕立て上げられた半強制的な道だからです。昨今の就職活動や大学受験の様子を見聞するとどうもその様相が似てきている感はありますが、それでもその人間のみを比較対象としたときに11,2歳と16,7歳の精神年齢に差があることは言うまでもないかと思います。
中学受験を終えた子どもが、ある時社会的通念としてとらえていた価値観は必ずしも当人自身の価値観と一致しないということを認識した時、その場面に出くわした子どもはそれをどう越えるか、ここが過去に対する捉え方の分岐点の一つになると思われます。
もっとも大半以上の人間がそこに不一致という見解に陥ることなく健常に通り過ぎることができるのかもしれません。

ふと自分のケースを考えた時に、たとえば自分がとらわれているのは過去の結果ではなくそのプロセスだということをあらためて明確に自覚することができました。
周囲を見ると「親を恨むという行為」が、それは学歴というものが対象物となっているのではなく受験そのものに身を投じることになった、その選択肢しかなかった、そういうケースが多いのではないかと思います。

ただいずれにせよ、現在においてそれがどの程度関与するにしても、過去に囚われることなく今を生きる、そういう精神的なタフさは受験に限らず何においても、とても重要なことだと考えています。

拘り性の性格に関して

>現在においてそれがどの程度関与するにしても、過去に囚われることなく今を生きる、そういう精神的なタフさは受験に限らず何においても、とても重要なことだ

おっしゃる通りだと思います。

非常に拘り性の性格を中学受験で形成した成績優秀者の場合、それがネガティブに働くシチュエーションは意識的に「忘却の訓練」を積み、捨て去る必要があります。(思考訓練の塾が必要かもしれません)

この場合、いい加減に成長したnon-受験組の方が変な先入観が育ってない分恵まれています。大概、いい加減=プラス思考ということが多いものです。

中学受験が、親の先導であれば、やめるべきです。(キッパリ)思慮の足りない教育的土壌の無い家庭でしょう。しっかりした家庭程、本人の意識を問うものです。

意識して忘れる事は、大人でも難しいですから、意識の取捨選択は、偏った性格の場合、避けられない重要な訓練です。「努力は素晴らしい」ではなく、「どのような意識での、どのような方向性の努力を今自分はしているか」と自分を観察することが欠かせません。

まあ、これが難しければ「無心」で、ということでしょう。付随してくる余計な感情は、「我執」「煩悩」であることが大半だと思います。

Re: 拘り性の性格に関して

大人になるにつれていろいろな経験をしていくので
煩悩執着は増えることはあっても減らすのは難しそうですね(苦笑)

何事も無心が良いかと思います。
プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

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