スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

親の心子知らず

なんて言葉がありますが。

・・・僕は正直好きじゃ、ありません・・・。

そんな親不幸な、という人もいるかもしれませんが、ついでにその言葉も好きじゃありません。


常識的に考えて、こういうことを言う僕はやはり非常識でしょうね。だからもし僕のこういう発言を聞いて「それは違う!!」と強く否定したり、説教してきたり、ともすれば罵倒してくる人間もいるかもわかりません。

だけど矛盾しているようですがそういうことを言う人間を僕は嫌いじゃないし、うらやましいとも思うし多少のあこがれや嫉妬もあったりします。人間的にとても好感が持てる、そう思ってしまうわけです。
それだけ親を大切に、家族の信頼関係が築かれている証拠だと思います。


僕にはたぶん本質的にはそういう人間の感覚がよくわかっていないから、そんな感情になるのかもしれません。


だから実のところよく分かっていないのですが。



僕の今までのブログを読んで下さっている方は何となく想像できるかもしれませんが、僕が教育においてもっとも重視しているのは親です。もしくは、その子供の保護者の立場の人間です。

親によって子供が不幸にも幸福にもなると考えているからです。
子供が親を不幸にすることはあり得ないと考えています。


だって順番が逆じゃないですか?親を見て子は育つのであり、子供が率先して親の人生の道しるべになるわけではないのだから。


家庭教師もその割合は別として、教える子供に背中を見せるわけですね。成績を伸ばすことが主な仕事ですが、それはしょせん週に一回二時間の作業。

例えば僕が指導したことで子供の成績が劇的に伸びたり、もっとうまくいくケースだとあの先生の言うことを聞いていれば伸びる、あの人のおかげで変われた、というケースがあったとします。


僕の考えは、結論から言うとそれは僕のおかげではなく、本人が変わりたいと思ったからだと思います。

そして本人が変わりたいと思った環境を作った親のおかげです。

僕は主人公ではなくトレーナーです。24時間一緒に過ごしている親にはかなわないし、そして多くの親が気付いていない、と感じることは親達の引力の強さです。


これは想像以上、なのではないか、と思います。

親の背中はそれほど子供にとって偉大で、絶対的な存在であり、大きなものなのでしょう。

親の気持ちを分かってくれない、と嘆く暇があったら我が振りなおすことを考えるべきなのでは、とよく感じます。

勿論程度にもよりますが深刻なレベルで親が子供に悩んでいる場合、ほぼ間違いなく親が自分の欲望と折り合いがつかないからです。

つまり自己中心的な考えを子供に押し付けるから子供が反発するわけです。
親の背中を見て、そのまま模倣しているにすぎなく、先天的に親というものに反発する生物なわけではないのです。


学力の高い家庭で感じること、それは親が子供と同じ視線で考えることができ、子供の立場でものを考えることができる、そして当たり前ですが何より子供思いを優先しているといことです。

そしてそんな親の背中を見るから、子供も同じような人間になることが全く疑うことなく当たり前だと感じるのでしょうね。人のことを思いやるのが、当然、親孝行するのが当然といった具合でしょうか。

学力の低い家ではまるで比例するかのようにその逆です。

たとえば人の話を聞かない子供は、面白いくらいに親が人の話を聞かない。

ひどい場合だと、「子供なんてあたしらよりバカなんだから、はいはいって適当にあしらってりゃいいのよ」的な人もたまにいます。人格や存在そのものを見下しているというか、一種の差別のようなものなんじゃないでしょうか。


月並みなようですが、そういうことは事実だと、僕はいろいろな御家庭に訪問して思います。

あたりまえなことが何より深く大事で難しいことなのかなと。


と、まあ少し重たい感じになりましたがやはり大事な話題ですね、僕には。

気分も沈みがちになりそうなので^^ここら辺で切り上げますか。



ランキングに登録しています。
クリックし頂けると順位が上がるようなのでぜひよろしくお願いします♪


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ


スポンサーサイト

テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

コメントの投稿

非公開コメント

No title

至極正論!と思いますよ。

>親の心子知らず
知らなくていい、というか、知るわけが無いと私は思います。
自分を振り返っても、子供のうちは親の気持ちなど汲める訳も無く、親になってからはじめて親の気持ちがわかるというものかとv-237

親の言動、行動、考え方全てひっくるめた親の作り出す環境を大事にしたいところです。

私は、親からの影響だけではなく、出会いも大切だと思ってます。
塾の先生、学校の先生、友達等から影響を受け、感化されるのは大事です。

私が算数・数学を好きになったのは親からではなく、諸先生方からの影響です。

そういう人に出会うのも、その確率を上げるのも親の作り出す環境といえるのかな~!?
(運もあるだろうけど・・・)

お互い惹かれあうって言うのもあるのでしょう。
類は友を呼ぶとはよく言ったもんですよ。
幼稚園のクラスですら、かなり当てはまってましたね。小学校ではより強くでるのでしょう。(保護者集団も・・・以下同文)

子供を第一に考えられるshioshioshuさんのような方に出会えたお子さん達は、幸せだなぁ~と思いますe-68

ちなみに。
親の再教育・・・特にモラルの欠如。
小学校の入学式で多々見受けられました。
私も後ろ指さされないように心がけるところでございます♪

長文失礼しました!
応援しま~す☆

No title

長文コメントありがとうございます。

先生という立場の人間が教える側に与える影響というのも確かに大きいですよね。

よくテレビで見る現代親の立場のモラルの低下はもっといえばその上の団塊世代の教育方法まで立ち返らないと本質は見えてこないかもしれませんね。

勿論最終的には親の責任ばかりではなく本人が自分自身の人生を切り開かなければいけない、と責任を持ち自立していかなければいけないとは思いますが。

大人がその障害にならないよう自分も常々自問自答です。

No title

ちょっと論点はずれますが。

私の母は教育熱心で、私が平気で10点とか取ってくるほどの『成績の悪い子供』だった事が非常に腹立たしかったらしく
『あなたは本当はやったら出来る子なのに』
と、よく(殴られながら)言われました。
だけど別の場面では
『あなたは人の10倍やらないと出来ない子なんだからもっとやりなさい!』
と、叱責されたりしました。

子供心に判ります。
『母は私の頭が悪いのを誰より承知で、出来が悪い事を認めたくないだけなんだ。今の私を否定してるだけなんだ』
と。

勉強するわけありません。


私が親になって思う事は
『親は子供の踏み台』
だという事。親は子供の可能性を伸ばすために協力を惜しまず、時には犠牲になるべきだと思います。

私は子供の踏み台になりたいです。

尾場ちゃん様

>母は私の頭が悪いのを誰より承知で、出来が悪い事を認めたくないだけなんだ。今の私を否定してるだけなんだ

子供が親に否定されていると感じることほど不幸なことはないかもしれませんね。存在そのものを否定されているというか。

「親が子供の踏み台になる」
やはりそういうことを思える親こそが子供との絆を築いていけるのだと思います。

なかなか難しいことなのかもしれませんが。

プロフィール

shioshioshu

Author:shioshioshu
1980年生まれ 男性
慶応中等部出身
担当教科 主に算数
合格実績 麻布、駒東、ラサール、桜蔭、女子学院、渋幕、渋々、慶応普通部、慶応中等部、早稲田中、渋渋、武蔵、サレジオ、広尾、青学、学習院、浦和明の星 等

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
オススメ
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。